命の選択

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 検察官が被告人の前に立つ。 「あなたは、レバーを引けば川村さんが犠牲になることを、事前に分かっていましたか」 「……とっさのことだったので」 「質問に答えてください。レバーを引けば川村さんが死ぬかも知れない。そのことは事前に分かっていましたか」 「……分かってはいました」 「つまり、あなたは仲間を助けたかったなどと、さも良いことをしたかのように言いましたが、五人を救うためなら川村さんの命はなくなってもよいと、そういうお考えだったのですね」 「……いや、それは……」 「あなたはレバーを引いた。つまり、あなたはその手で川村さんを殺したのも同じです!」 「異議あり! 検察官の主張は被告人を侮蔑するものです!」  異議は認められなかった。  検察官は質問を続ける。 「五人の命のために一人を犠牲にする。そんなことが神ならぬ人間に許されるのですか。あなたに川村さんの命を終わらせる権利があるのですか。人を救うという大義名分のもと、被告人がしたことはれっきとした殺人です。一人を殺すのも五人を殺すのも、どちらも殺人です。五人が救われたとはいっても、被告人には殺人罪を適用すべきです!」 「異議あり! 検察官の発言は質問ではなく、被告人への侮蔑行為です!」 「異議を認めます。検察官は冷静に質問を行ってください」 「質問を続けます。五人を救うためなら、一人を殺してもいい。そう思いますか」 「……分かりません。ただ、私は、少しでも被害を少なくしようと思った。それだけです」 「質問に答えてください。五人を救うためなら一人を殺すことは認められる。そういうことですか。その一人が自分の大切な人でも、あなたは同じことをしたのですか」 「異議あり! 検察官の質問は本件から離れています!」 「異議を認めます。検察官は質問を変えるように」 「いえ。これで質問を終わります」  再び、法廷は騒然となった。  五人を救うためなら一人の犠牲は仕方がない。少しでも犠牲は少ない方がいい。だから被告人の判断は適切だった。審理前の傍聴席はそんな雰囲気であったのだが、今の検察側の質問によって、法廷の雰囲気は一変したのだった。 「それでは、結審に先立って、検察官及び弁護人の最終的な意見を伺うこととします。まず、検察官からどうぞ」
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