命の選択

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 世間が注目する中、トロッコ問題裁判は判決の言い渡し日を迎えた。  傍聴席は満席であり、本件の関心の高さを伺わせた。  一同の視線が裁判長へと集まる。 「それでは開廷します。被告人は証言台に移動してください」  被告人が前に出ると、法廷内は水を打ったような静けさに包まれた。 「被告人、狭山勝典の殺人被告事件について、次の通り判決を言い渡します」  一同は裁判長の次の言葉を待つ。  裁判長は判決を下した。 「主文 被告人は無罪」  記者たちが傍聴席から飛び出していく。 「以下に理由を述べる。本件にて、被告人が取った行為は、結果として被害者を死に至らしめ、また、そのことは予見されていたため、殺人罪の適用がふさわしいと考える検察及び被害者遺族の主張は理解できるものではある。しかしながら、被告人は職業的使命及び、被害を最小限にしたいという誠意に基づいて行動したということもまた事実である。また、他に取りうる手段がなかったことも状況証拠から明らかである。よって、刑法第三十七条に基づき、緊急避難を適用し、被告人を無罪とする」  その時、被害者の妻、川村美代子は叫んだ。 「一人分の命は五人分より軽いだなんて……その一人があなたの大切な人でも、五人の命を優先するんですか!」  その言葉は、虚しく法廷に響いていた。 < 了 >
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