命の選択

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 川村一太の妻、川村美代子(かわむらみよこ)は、喪主挨拶で次のように語った。 「私の夫は殺されました。この会社に、そして、分岐を操作した狭山という男に。会社の責任者は処罰されました。当然です。列車をしっかり停めていなかったのですから。裁判でも、おそらくは有罪になると思います。私が許せないのは、狭山、あなたです。今、この葬儀に来ている、そう、あなたです!」  川村の妻は、葬儀に参列していた狭山を名指しで批判したのだった。  葬儀会場がざわめき立つ。  名指しされた狭山に一同の視線が集まった。  怒りを押し殺し、冷静さを保とうと必死になりながら、喪主は言葉を続けた。 「私の夫は、狭山に殺されたのです。狭山がレバーを操作しなければ、夫は今も生きていたはずです」  参列していた社長や車両管理責任者、線路工事の現場監督は青ざめていた。  彼らは業務上過失致死傷罪で書類送検されている。また、民事訴訟では損害賠償も請求されている。 「しかし、ここに罪を問われていない者がいます。狭山、あなたです。あなたはレバーを引いた。それは、間接的とはいえ、私の夫を殺したのと同じことです。あなたが……あなたがレバーを引かなければ……私の夫は、轢殺されることはなかったのです」  狭山は顔面蒼白である。  その顔は、参列者の多くの視線に晒されたままだ。 「狭山、あなたがしたことは『殺人』です。あなたは起訴猶予処分になっていますが、私は納得していません。私はあなたを訴えます!」  さすがにここまでくると、川村の親族が止めに入った。  川村の妻は葬儀会場の奥へと連れて行かれた。  その途端、会場のざわめきは一層大きなものとなった。  川村の妻に同情する声。  狭山の行為を擁護する声。  さまざまな声が飛び交った。
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