命の選択

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「それでは開廷します」  裁判長が宣言する。 「被告人は証言台に移動してください。確認します。名前は何ですか」 「狭山勝典です」 「職業は何ですか」 「鉄道保線員です」 「それでは、殺人被告事件について審理を行います。検察官は起訴状を朗読してください」 「起訴状を読み上げます。公訴事実。被告人は◯年◯月◯日◯時ごろ、◯◯山中での線路保安業務中に、制止不能状態にあった車両の進路を、分岐装置を操作することにより変え、結果、変更先線路上で作業していた川村一太が轢殺される状況を作り出した。川村一太は死亡。殺人罪、刑法百九十九条の適用、以上について審理願います」  裁判長は被告人の方を向き、次のように説明した。 「被告人には黙秘権があります。被告人はこの法廷で、答えたくない質問の回答を拒否できます。また、この法廷での被告人の発言は、内容の有利不利を問わず、証拠として扱われます。それでは、被告人に質問します。検察官が朗読した起訴状の内容に、間違いはありませんか」 「……私が操作したことで川村さんが亡くなったことは事実です。けれど、殺そうと思って操作したのではありません。五人の命を救おうと思って操作しました」 「弁護人の意見はどうですか」 「被告人の無罪を主張します。先程、被告人が述べた通り、暴走車両が向かってくる中、パニック状況のもとで人命を救うためにやむを得ず行った行為であり、決して殺人行為ではありません」  検察官は冒頭陳述を開始する。 「検察が立証しようとする事実は次のとおりです。被告人は、車両の進路変更先に川村一太がいることを知っておきながら分岐を操作し、結果、死に至らしめた。この結果は操作の事前に想像できたものであります。分岐の操作は被告人の故意によるものであり、業務上過失致死傷罪ではなく、殺人罪の適用が相応であると主張します。証人としては、被害者の妻、川村美代子への尋問を請求します」 「弁護人の意見はどうですか」 「殺人罪の適用には不同意です。証人の採用については異議ありません」 「それでは、被害者の配偶者、川村美代子さんを証人として採用します。川村美代子さん、証言台に移動してください」
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