バックハグ

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 リラのごみ箱行きラップを聴きながら身の置き所が無いような気分になっていた。お前は今も僕をそう思ってる? これからもずっと?  いや、きっとそういうことじゃないんだ。その時のリラの気持ちは嘘じゃない。このライムはリラの本当の気持ちが真空パックされたもので、それが心に刺さるから、こうやって応援する人たちが増えてるってことなんだろう。  僕がリラにどう思われているかなんて、分かり切ったこと。自業自得だ。こんな風に自分の事を表現する才能がリラにあったなんて。すごいな。  僕は練習を続けて、もうデビュー前のはずなのに、リラがまぶしく見えた。  もうすぐ曲が終わりそうなんだけどな。テルヤさんを目で探した。  え……? 誰かに抱きついてるように見える。社長そういうことする人なんだ。っていうかこんな場所で社長ともあろう人がそんなことしていいのかな?元アイドルの社長はすっぱ抜かれたりしないのか?  人多いからわかんないか。っていうかテルヤさん二十年好きな人がいるって言ってなかったっけ? それとこれは別なのかな? その人がいたとか?  いやいやそんな、僕の母さんみたいな年齢の人がこんなところにいる訳ないしな。  女性だ、と思ったのはテルヤさんの背中でその人が見えないぐらいだったからなんだけど、どちらにしても、テルヤさんのプライベートだ。覗くまい。  そう思っている間にリラのラップが終わり、女の子達を中心に拍手と声援が送られていた。リラはキラキラしていて、僕が知っている妹のリラでもベッドの中のリラでもなかった。  テルヤさんがいつの間にかリラに話しかけている。急いで僕もその場所へ行った。その時にテルヤさんが誰かを抱きしめていた場所をちらりと見たけれど、もうそこには男のギャラリーばかりで、女性は見当たらなかった。  もしかしたら、気の置けない小柄な男性の知り合いにちょっかい出した感じだったのかもしれない。僕は気にしないことにした。  時計が日付をまたぐ頃、店のドアが開いた。 「アキトシ、また来たよ」 「やあテルヤ、いらっしゃい」  フラッとやってくる彼とは呼び捨てし合う仲になった。  二十年以上前から知り合いなのに今更だが、ハナとの事が無ければとっくにそう呼んでいた気がする。  今では良い友人だと思う。 「テルヤ、いつもここまでどうやって来てるんだ? 飲みにくるには遠いだろ」 「あー、タクシーか車かこっちに住むスタッフに片道乗せてもらうか」 「なんだか悪いな」 「事務所から離れた方がくつろげるから有難いんだよ」 「それならいいけど」  僕はコースターにギネスを置いた。 「おー、さすがアキトシ、今日も飲みたい方ドンピシャ」 「なんか話があるんだろ? そういう時は大体ギネスだよ」 「……バレてるんだな! 隠し事できないなお前には」  口をハートの形にして笑いながら、彼は美味そうに一口飲んだ。 「なあ、娘さん、最近どう?」 「相変わらずどころか素行が悪くなってるよ。化粧して夜も帰らないし、どうもハナが見たにはラップしてるとか何とか」 「そこまでは知ってるんだな」  テルヤが何故リラの状況について知ってるんだ? 「どういう事だ?」 「ストリートでダンスやラップをする奴らが集まる界隈があるんだよ。知っての通り俺はスカウトもするから。で、噂を聞きつけて行ってみたらラップしてる女の子がいて、話を聞いたらサトシの妹だって言うからさ」  そんな事になっていたとは。それはテルヤも話しに来るはずだ。 「そんな場所に出入りしてるのか……」  その界隈は僕もあの街で働いていたから知っている。僕が思うより娘は危険な場所に出入りしていた。 「すぐにでも辞めさせないと」  焦る僕を落ち着かせるように彼は言葉をかぶせた。 「アキトシ、待ってくれ、そこで話があるんだ」  今はノーゲストとはいえ、客が来ると思いながら話せる内容じゃない。僕はテルヤに断り、表に出てクローズの表示を出し、看板の明かりを消した。 「悪いけど、俺も飲ませてくれ」 「もちろんだよ」  ロックグラスに氷を放り込んでウイスキーを注いだ。自分用だから削る必要もない。テルヤの隣に座る。 「お待たせ。話の続きをしてくれ」
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