同僚で後輩で右腕

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 それから二年。僕とチヒロの距離は少しずつ近づいた。二人でいる時、彼女は僕を名前で呼ぶ。 「アキトシ、この数字なんだけど……」  気づいた事がある。  チヒロと一緒にいる時は、ハナと一緒にいる時のような気後れも焦りに似た感情も湧かない。いつか何処かに行ってしまうのでは、という不安が無い。  チヒロと一緒なら、こんな風に何かに怯えずに毎日を過ごせるのか。  そんなことを思う僕は、残業が増えた、とハナに言ってチヒロと過ごす時間が増えた。僕はあれほど切望して手に入れたハナを、もうそれほど好きではないのかもしれない。そう思うと自分の身勝手さに気分が悪くなる。  二人の間には男女の関係はないけれど、一度だけキスをした。  リラの事をチヒロが知らせに来た日。十六歳の娘の妊娠に僕は取り乱した。スツールに腰掛け、水を飲んで落ち着こうとする僕の手は震えていた。 「アキトシ、落ち着いて」  そんな僕の頬を両手で包み、チヒロは僕にキスをした。 「……ショック療法。……ね、落ち着いた?」  驚く僕を見て彼女はそう言って微笑んだ。もしかして、僕は、君を未来の無い関係に縛っているのだろうか。  今日は事務所で会議の日だ。  自分の気持ちとチヒロの気持ちをはっきり知るために、僕はあることを彼女に提案した。 「今度、出張があるんだけど、君にもついてきてほしい」 「私も?」 「そう。講演とか講義とかするから、アシスタントとして」 「え? 前は一人で行ったじゃない」  確認したい。  机の上の書類を整理しているチヒロの後ろ姿を見て、今すぐにここで抱きたい、この先もずっと一緒にいたいと思う自分の気持ちが本物なのかどうか。  彼女の肩に手を置いて、耳元でこう言った。 「……部屋は一緒でいいよね?」  チヒロは、きゅっと身体を固くした後、溜息をつきながらこう言った。 「……本気で言ってるの?」 「うん。君も同じ気持ちならね」  彼女の表情は見えない。 「……私、二番は嫌なの」 「知ってる。僕が器用じゃないのも君はよく知ってるだろ」 「……うん……知ってる」  チヒロの側だと、僕は深く息ができる。呼吸が楽になる。それをどういう風に言葉にすればいいのだろう。  彼女をこちらに向かせて抱きしめた僕は、深く息を吸い込んだ。  その出張の時に、僕はチヒロを抱いた。  店を任せている妻への罪悪感よりも、自分の気持ちを確かめる方が優先順位が高かった。ハナを抱く時、僕はいつもあの媚薬に浮かされたようになってしまっていた。今となれば抱いていたのか、抱かされていたのか、とすら思う。  チヒロを好きだと自覚してからはハナを抱いていない。だから、チヒロを抱いても、冷静に彼女との関係を考えられると思った。  だがそんな決心は、脆くも崩れた。  ハナは男に抱かせる力を持っているけれど、チヒロは、抱かれるだけではなく僕の事を抱いた。  彼女の手が僕の背中を行き来して、簡単に僕に声を上げさせる。いい大人の僕を少年のように扱う。なのにその事でプライドを傷つけず、むしろ僕の心を自由にしてくれる。  ああ、僕は自由になりたかったんだ。  自分で繋いだ鎖から。  僕は出張から帰り、また店に立つ日々が始まった。  あの出張の時に、僕からもハナからもお互いに連絡をしなかった。今までそんなことは無かったけれど、何かが僕たち夫婦の中で変わってしまったのだろう。  僕たちは子供を育てるために一緒になった。その子供たちが自立した今、僕たちが一緒にいる意味が解らなくなるのは当然の事だと思う自分がいる。
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