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「――ハナ?」
優しい声で彼が囁く。
すぐ側で聞こえるのに、ぼんやりエコーが掛かってるみたい。
「ねえハナ……テルヤダメ、じゃなくて、テルヤ好き、って言ったら許してあげる」
このまま続けたら私は完全に意識を飛ばしてしまう。もうすでに記憶が曖昧だ。
「ほ、んと……?」
「ほんと」
快感に支配されている時の判断能力なんて幼児程度のもので、こんな簡単なトラップにあっさりとひっかかる。
「……あ……テルヤ……テルヤ好き……好き……」
「俺も大好きだよハナ。愛してる……」
やめるどころか、逃げられないようにガッチリと腰を掴まれて、奥に何度も沈められた。
身体の中から揺れる。
頭の芯が溶けてしまうってきっとこんな感じ。
声が勝手に上がってしまう。
身体中が震えて彼を感じることだけに集中している。
溶けて沈む。
何も考えられない。
「ハナ……お前はあいつの奥さんかもしれないけど、俺の女はお前なんだよ……お前は、俺の女なの……わかる……?」
テルヤが、吐息混じりの掠れた声でそう言った。
二十年前はわからなかったし、わかるつもりも必要もなかった。
つい数時間前までも、そう思ってた。
でも、彼にまた抱かれた今ならわかる気がする。
彼が言う、その意味が。
そのまま私は、彼の好きなように抱かれた。
テルヤは私から少しも体を離そうとしない。
「ハナ、全然変わんないな……」
向かい合った私の胸に顔を埋めながら、彼は嬉しそうに言った。
そんなことない。私の体は出産と時間の経過を経て、すっかり変わってしまっているのに。
「あっ……」
チクッ、と胸元に痛みを感じる。
当たり前のように赤い跡がつけられる。彼がいつもつけていた場所。
「なんでつけるの……? ダメだよ……」
もしアキトシが見る事があったら……。
「見られるようなそんな機会あるの……?」
低い声でテルヤが言う。
「無い……ずっと無いよ……」
「……だと思った。ならいいだろ?」
何でそんな事までわかるの……?
上目遣いで私を見ながら笑うと、彼は私の柔らかいそこを両手で掴んで上下に突然揺さぶる。
「っや……ああっ……テルヤっ……や、へんにな……!」
彼が私を引きおろす度に、頭のてっぺんまで快感が突き抜ける。私は背中を反らせて、必死に彼の首にしがみついた。
「ほら、全然変わんない……可愛いよ、ハナ……」
空が白み始めている。
何故私は彼の腕の中にいるんだろう。これもあの頃何度自問自答したことか。
「……テルヤ……」
「ん?」
「……これっきりにして」
声が掠れて上手く出なかったけれど、それでもテルヤにそう伝えた。私には夫がいる。関係を続けるわけにはいかない。
「……無理。ハナは俺の女だもん」
ゆっくりと私を抱きよせると、テルヤは私の額にキスをした。
強引なのに、私に触れる彼の手はいつも優しい。
私の気持ちが向いていない時に私を欲しがる人。
また同じことを繰り返すには私も彼も歳を重ねすぎている。
なのに。
「……泣くなよ。俺、死ぬまでハナのこと待ってる」
「待たないで……」
「やだ。もう決めたから」
あの時諦めた彼との未来。
全部思い出として心の奥にしまわれたはずだった。
彼の熱い指が優しく私の髪を梳いて撫でる。
やっぱりテルヤが好きだ。ほんとは、夜の街で再会してしまった時に気づいてた。彼の腕の中は特別だということに。
こんなに強引でいつだって順番が滅茶苦茶な人なのに、二十年の空白があるのに、どうして好きな気持ちが戻ってしまうんだろう?
彼を想ってこんなに辛くなる日がまた来るなんて、思ってもみなかった。
「……それ、まだつけてくれてるの……?」
テルヤの首にかかっている古びたパドロックのネックレス。
それは私が彼のデビュー記念にお揃いで買ったものに違いなかった。
「そうだよ。ずっと着けてる。……二人が離れないための、おまじないだろ?」
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