32人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は父さんに似ていない
それに気づいたのはいつだったろう。
僕が父と全く似ていないことに気づいたのは。
誰かに言われたかもしれなかったし、自分で気づいたかもしれない。
小学生高学年の時に、テレビで見たポッピンを踊る人がとてもかっこよくって、
「僕、ダンス習いたい!」
と両親にお願いしたことがある。その時の、両親の様子が不自然だったのはすごく覚えている。顔を見合わせて、母はぎこちなく笑い、父は無表情だった。
「サトシ、じゃあ、どこがいいか見学に行ってみようか?」
そう言ってくれたのは母だった。
父は、遠い場所だったら送るから決まったら教えなさい、と言って庭に出て行った。
「父さんみたいにがっしりした腕にどうしたらなれるのかな?」
中一の時にそんなことを父に尋ねた。
父はすらっと背が高くて、なのに腕や脚や胸にしっかりと厚みのある筋肉がついていて、子供からすればスーパーマンみたいにしか見えなかった。
「父さんも若い時はお前みたいだったぞ。成人したらがっちりしてくるから心配するな」
そう言ってくれたけど、十七歳になった今ならわかる。
身長は伸びてはいるが父に追いつかないだろうし、どれだけダンスして鍛えても筋肉のつきにくい体質だということも知っている。
僕は憧れた父のような体格にはならない。
二つ下の妹は簡単に筋肉がつくから困っちゃう、とか言っている。
「リラ、お前のその筋肉体質父さんに似たんだよな。羨ましいよ」
「私も兄さんみたいにスラっとしたかった! 女の子で筋肉ついてもちっともいいことないよ!父さんに似てデカいし。170cm近くもあると服に困るよ。華奢な女の子になりたかったぁ~!」
「俺たち逆ならよかったのにな」
そう言いながら、それはないな。だって、父親が違うんだから、と思う。
僕は母親には似ている。目元や、硬めだけどまっすぐで扱いやすい髪。でも父親には全く似ていない。どこをどう見ても。輪郭も、皮膚の感じすら。
耳の形は、どちらにも似ていない。耳朶が少し伸びたような形でくっついている僕の耳。これは誰の耳なんだ?
手の形もどちらにも似ていない。指が長くて、でも大きくはない筋ばった手。父の手も指が長いけど爪の形から違うしもっと大きい。母は小さくて丸っこい手をしていて、それは妹のリラの手がそっくりだ。
父も妹もいない時に、一度訊いてみたことがある。
「母さん、俺の父さんって誰?」
母は驚いた顔をした後すぐに、笑いながら言った。
「何言ってるの、父さんは、アキトシさんだけに決まってるじゃない」
変なこと言うのね、何か小説でも読んで感化されたの? 心配なら市役所から書類もらってこようか?、と早口で言われた。
そこまで母が言うなら、やはり僕が勘違いしているのだろうか。
父から今まで辛く当たられたことなどはなく、良い事はいい、悪い事はわるい、と言ってくれ、ちゃんと話を聞いてくれるいい父親だということは、友達が嘆く父親の話を聞いても間違いない事だった。
でも、僕は父には全く似ていない。
憧れている父に。
最初のコメントを投稿しよう!