時計屋の主人

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時計屋の主人

 わたくしは、ロストリア王国城下町にて時計屋を営んでおります。  姓をドラギオン。名は曾祖父の名を受け継ぎドミトリアンと申します。  ロストリアの大文豪と同名でもあるというたいそうに大袈裟な名ですが、しがない下町の時計屋でございます。  ただ、我がドラギオン時計店伝統の自慢というのがございまして、それが小さいながらも潰れずに百年以上も続いてきた所以です。  そのような老舗看板も昨今では流行らないのか、知る者は少ないのですが。  世に蔓延る魔の物に立ち向かうため、世界各国は軍事力を増強し、武器弾薬の大量生産を行う為の工業化を推し進める昨今。  四つの屈強な騎士団を抱えるわが国、ロストリアも例外ではありません。  軍需製造物からはじまり生活用品に至るまで様々な物に機械の手が入る中、我が時計店はあくまでも職人技にこだわっております。  機能はもちろん、宝石装飾の技術を取り入れ装飾にもこだわっております。  優美なご婦人にはバラをあしらった華やかなものを。生まれてくる子息様への贈り物だという若い父親には、騎士をあしらった威風漂うものを。  それぞれの御客様に合わせて世界に二つとない時計を作ります。  ですが、わたくしはもう還暦を迎えまして、そろそろ跡継ぎにこの店を…と考えおるのですが、息子は職人街グレイブルヒルのマエストロアカデミーで装飾技術の講師をしておりまして、教職の仕事が性に合っているのかもう少しだけ猶予をくれとせがまれました。  息子いわく、今のままで十分に隠居生活同様の安穏とした暮らしぶりではないかとのことで。  とりあえずわたくしとしましては、息子にこの店を継いでくれる意思がある事が分かっただけでヨシとする事にしました。  とまあ…そのような調子で本日も、平穏な朝が来まして、わたくしはいつも通りに朝食を済ませた後、店のカウンターに座り御客様から頼まれました懐中時計の修理を行っております。  この時計は装飾がまた美しい代物でして。  赤い宝石の淵に彫り物をほどこした貝殻で装飾してあるものなのですが、そこに彫り込まれているのは、絵本に現れるような麗しい王子様です。  もちろん、わたくしが造ってさしあげたものでございますよ。  何事もなければこのまま正午を迎え、昼を少し過ぎたあたりに常連の御客様が一人、二人ほど御顔を見せにいらっしゃり、少したわいもない御話をした後、そのまま閉店の時間になるのでしょう。  そのようなことを考えながら時計カバーに宝石をはめ込んでおりましたら、 「おや?」  店の扉に飾ってある鳴鈴が乾いた音をたてたので、わたくしは作業の手を止めて顔を上げました。  はて、このような時間に珍しい。傍らの壁掛け時計を見れば、まだ昼前。わたくしの店は東向きにあるため、この時間は東からの太陽が天に登りきらない為に店の入り口からいっぱいの光が差し込むのでございます。  真っ白な光のカーテンの中に現れたのは、この店の客としては珍しい長身の人影でした。 「いらっしゃいませ」  眩しさに目を細めながらわたくしがお客様に挨拶致しますと、長身の人影は丁寧な物腰で会釈を返して下さいました。  はて、これは恐らく高貴な身分の方に違いないと直感致しました。 「こちらは、ドラギオン時計店でしょうか」  開いた扉と店の入り口の境に立ったままのお客様の声。柔らかいテノールです。 「左様でございます。ささ、どうぞ中へ」 「良かった。失礼」  安堵した声と共にお客様がドアを閉めました。外から溢れ流れ込んでくる大量の光がドアに遮られて、ようやくお客様の御姿をはっきりと目にする事ができるようになりました。 「貴方様は…」  いやはや。驚きました。  そこに、さきほどまでわたくしが修理をほどこしていた時計カバーに彫られた王子様のごとき、麗しい青年が立っているではありませんか。  秋の稲穂のような黄金の髪、空のような青の瞳、やわらかな笑みを湛えた面持ち。  そしてその麗しさに相応しき華麗な深紅の装束。  あれは騎士様の御衣裳ではありませんかな。  しかも、かなり位の高い御方の。 「キース・リブルロットと申します。お忙しいところ、突然申し訳ありません。ですがどうしても貴殿にしか頼めない事で」 「光栄にございますキース様。なんなりと」  わたくしは内心の動揺を表さぬよう、いつもの笑みでお答え致します。  思い出しました。  つい先月、新しい二人の騎士団長様が誕生なさったと。王宮では盛大な祝典が行われ、城下町でも前夜、後夜あわせて祭りが連日のように行われ、老若男女が誰しも騒いでおりました。  特に若い女性がいつにないはしゃぎ様だったと思います。  なんでも新しい団長様達は今までに例のない若者だとか。  新しいロストリアの時代の幕開けだと、年寄り達も口にしていたのを思い出しました。  四つある騎士団のうち、赤い軍旗と御衣装が目印の虎騎士団。剛を制する「柔」を司る騎士団を統べる長の椅子につかれた新しき団長様の御名前はキース・リブルロット様。  その方が今、目の前にいらっしゃるのです。 「そう仰って戴くと心強い」  まだ初々しさが残る笑みを浮かべてキース様は、懐から何かを取り出しました。  大切そうにレースのハンカチーフで包まれたそれをカウンターに置き、広げていきます。  姿を現したのは、懐中時計でした。かなり古いものなのでしょう、銀の鎖はところどころくすみかけ、蓋に彫られた文字と絵が研磨されて一部が消えかけております。  ですが、わたくしにはこの時計に見覚えがございました。  世界に二つとない時計の装飾。  自分で行った仕事の成果を忘れる事はございません。  間違いなくこれは、かつてこの店でご注文された品です。 「おや」  時計を手に取り、裏返してみて驚きました。  蓋と文字盤に痛々しいほどの大きな傷がついており、盤全体が外側に歪んでしまっておりました。  これは、落とした程度でつくものではありません。 「これは?」  わたくしが顔を上げますと、キース様はその双眸に悲しげな影を落として仰いました。 「それは、私の友のものです。とある理由でそのようになってしまい…。裏に彫ってある判から、貴殿の作品だと聞きつけました」  そう。  この店の全ての作品には、この店伝統の匠判を彫らせて戴いております。  蓋の裏を見ますと、確かにそれが。 「その通りでございますね」  わたくしが答えますと、 「どうか、どうか直していただけないでしょうか」  とキース様はカウンターに乗り出して仰いました。 「ですが…」  失礼してわたくしは、大きな傷が見えるように、時計をテーブルに置きました。 「この状態ですと、完全に元通りに—というのは難しいと思われます。何せこの店の作品は全て、世界に二つとない異なった装飾を施しております故、装飾の型版などを置いておりません。お友達のお気に召すように作りなおせるかどうか」 「そうですか……」  どうしよう、とキース様。  よほど大切なお友達の品なのでしょう。  そうでなければわざわざ、騎士団長たる人物がお一人でこのような場所に訪れるはずがありません。  時計の裏にある匠判も、一目ですぐにわかるものではありませんし、恐らくは懸命に調べてここをつきとめたのでしょう。 「それでは、鎖を付け替え、時計の機械部分をまず直すとしましょう」  わたくしは一つ、ご提案を差し上げる事にしました。 「装飾につきましては、お友達におうかがいしてから手をつける事にいたします」 「そう…ですね!」  途端、キース様の表情が明るくなりました。 「本人に、ここへ来させます。きっと喜ぶと思います!」 「修理は三日もあれば終わりますが、その頃と考えてよろしいでしょうか?」 「三日……」  三日、という言葉に面持ちを曇らせ、キース様の瞳が伏せられます。形の良い顎に指先を当ててしばしのご思案の後、 「一週間…十日後くらいに伺っても、ご都合よろしいでしょうか?」  恐る恐る、といった風に言葉が継げられました。 「ええ。大丈夫です。いつと言わずに、いつでもお友達のご都合に合わせてお越し下さい。綺麗に直して、お待ち申し上げております」  再び、キース様の相貌が安堵に和らぎました。本当にこのお方は一挙一動すべてが麗しく、絵になります。  特に今。  愛しそうに壊れた懐中時計を眺めるこの表情が、特に美しく見えます。  時計を通して大切なお友達の事を思っているのでしょう。  お友達は大変な幸せ者ですな。  それからしばし、雑談などを交わされてキース様は店を後にされました。  光の中へと再び姿を消していった若き騎士団長様。  寂れた部屋の中は、しばらく華やいだ空気の余韻に包まれておりました。  カウンターの上に置かれた懐中時計を、わたくしは再びレースで綺麗に包みました。
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