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「あなたね!木更津くんの婚約者って!」
校舎裏で、私は3人の女子生徒に囲まれている。唐突な上記のセリフで分かる通り、木更津ファンが即日できているようだ。
なるほどなるほど、であればこの後にいわれることとしては――……
「もしかして、『あなたが婚約者だなんて信じられない、認めないわ』……なんて、いうつもりですか?」
「……えっ、そうだけど……えっ?」
私の予測した言葉に、彼女たちは混乱している。
「大丈夫です、私も自分がアイツの婚約者であるなんて、認めてませんから」
「は!?」
彼女たち3人は続いての私の言葉に、さらに混乱した。
私はそのうちの中央の一人の手を握り、しっかりと頷く。
「だから、私の代わりにあなたを婚約者に任命します! どうぞどうぞ! なんなら、3人とも今後木更津哲也の婚約者ということで! おめでとう!!」
「「「はあっ!?!?」」」
予想の斜め上をいったのだろうか、3人ともは「ちょ」「訳わかんない」なんて首を横に振りまくる。
「どういうこと?」
「そもそも、私……彼氏いるんで! 大好きな彼氏の金成くんが!」
ズバリとはっきり、そして私は堂々といった。
大好きな、という言葉すらも本人がきいてなければ、恥ずかしげもなくいえる。いや、この場合どうせ一時的なニセ彼女だし――と、堂々と本人の前でも私は堂々と言ってしまうかもしれないけど。……まあいいか。
「なあんだ……金成くんの彼女かあ」
「ああ、あの金成くんね、貧乏の」
その嫌みな言い方が私にはカチンときた。
「なにがいいたいの?」
「だって木更津くんてお金持ちでしょ。それに比べたら、金成くんなんて……」
「なによ」
嘲笑うようなその言い方にイラつきながら、私は彼女たちを睨む。
「木更津くんが金持ちだから、だから何なのよ」
「え」
それ以上、何が言いたいというのだろう。言い淀むようならばハッキリと言い切ってしまえばいいのに。理解ができない怒りがこみあげる。
金成くんが貧乏だから?
彼が生い立ちでとても苦労していることは知っているし、そもそも金成くんは必死で努力していることも知っている。文具も教科書も、知り合いからお古を貰っていて――それでも丁寧に、とても大切に使っていることも私は知っている。
ニセ彼女になる前に、差し入れをしていたのはファンでなはく純粋に応援していたからだ。現状を変えようと努力している金成くんを、心から応援したかったからだ。
――好きとか嫌いとかそんな話じゃない。
昼食の約束をとりつけたのも、そうすれば金成くんを――そういう形で応援しようという一石二鳥のアイデアからで。
形だけ付き合いそして別れたとしても、卒業まで友達として、純粋に支えたかったからだ。私に気圧されたのか、彼女たちは萎縮しながら、私の方を見た。
「……悪かったわよ。そんなに好きなのね……金成くんのことが」
そういって、彼女らは頭を小さく下げてきた。
いやいやいやいやいや。”そんなに好きなのね”、ではないけれども。彼に対する評価は変えていただきたい。
でも。
「わかってくれたら、別にいいわ。ところで、あなたたち哲也の婚約者に立候補――」
「しないわよ!!!」
……全力ツッコミされてしまった。
彼女たちが去っていったあと、金成くんが反対側から姿を現した。
「話は終わったのか?」
「うーん、やっぱり本人としっかり話さないと終わらなさそう」
腕を組みうんうんと唸っている私の頭を少しだけ撫で、金成くんは「困ったことあったらいえよ」といった。それは、いつも見せる彼の表情とはまた違う、とても柔らかで、心底心配している表情で。
金成くんにさよならと手を振り、さっそうと岐路につく。
それにしても、どうして木更津哲也はあれほどまでに私に絡んでくるのだろう。なにがどうして――……
そう思っていたら、後ろから肩を叩かれる。誰かと振り返ると、木更津哲也だった。
「ちょっと、哲也! あなたが自己紹介で変なこというから、女の子たちに絡まれたじゃないの」
「オレはまだ納得してない! ……あんなにオレは猛烈に小さい頃からアプローチしてたのに」
「なにそれ、いつの話よ? あなたが私にしてきたのは、アプローチじゃなくて嫌がらせの間違いでしょうが」
「嫌がらせ? 一度もそんなことをしたつもりないけど」
……?
どういうことだろう。
お互いの会話がかみ合わない。
「え、だって昔……虫をプレゼントしてきたのは?」
「自慢の虫を捕まえたから、見せたくて。でもお前が泣いてたから、嬉しかったのかと」
「それに私の髪の毛引っ張ってきたでしょ。すごく痛かったのよ」
「長い髪で邪魔そうだったから、しばってやろうと……」
「おもちゃを取ってきたのは? ぬいぐるみを壊したのは?」
「ぬいぐるみは覚えてないけど、おもちゃは一緒に遊びたくってだよ! その後、お前と一緒に遊んだよな?」
違う、おもちゃを取られてキレた私がぬいぐるみで殴って――
記憶を探る。
――あ、その時に、ぬいぐるみは壊れたかもしれない。
そして、もしかしてそのケンカを”遊んでる”と認識した……?
「……はぁ?」
お互いの顔を見合わせて、そのまま互いに拍子抜けしてしまった。
「嫌われてて嫌がらせされてるんだとずっと思ってた。だから、あなたのことをキライだったのよ。誤解が解けたから、って好きになるものでもないけど……」
小さな頃の話だ。それが事実かどうかなんて、おぼろげにしか覚えてないし、向こうには向こうの考え方があったかも――うん、かも、しれない。
「でも、勝手に嫌ってて……悪かったわ」
「それは……オレも、嫌がらせしたつもりじゃなくて、そう思われてただなんて。……ゴメン」
「……」
これ以上返答することもはばかれ、私は黙ったまま木更津哲也を見やった。
「それでも、オレでもいいじゃんか。別に」
「あのねぇ、哲也。もういいじゃない、学校中に婚約者だとかそんなこといって、私にこだわんなくたって。世の中の半分は女なんだから。もっといい女を見る目を養いなさいよ。なんなら、一緒に探すわ」
「だから、お前がそんなんだからだから――お前じゃないとイヤだっていってるのに……でも、もういいや。もう、どうしても……無理なんだろうな。わかった、わかったよ」
ふう、と木更津哲也はため息を漏らす。
「お前以上のいい女見つけるからな。後悔しても知らないぞ」
「望む所よ、私が悔しがるほどすっごいイイ彼女を見つけてね」
ふっと木更津哲也は半分は悲しそうに、そして半分はすっきりとしたような雰囲気で笑った。
***
木更津哲也との話し合いは終わった。
でも、私には最後の仕事が残ってる。授業が終わった後、金成くんは窓の外を眺めていた。これから、生活費を稼ぐために授業が終わったら速攻でバイトに行くんだといって。
「その前に、あなたの愛しい愛しい彼女からのプレゼントを受け取ってよ」
あなたの愛しい~は当然ながらスルーされる。彼の手に乗せたのは、そこそこの大きさの包み紙。丁寧にテープをはがし、中身をみて金成くんは絶句した。
「これ……」
「欲しかったんでしょ? このテキスト」
彼は足りないテキストがあった。それを毎回、横の席の人から見せてもらっていたり借りていたりしていた。きっと不便だっただろう。これさえあれば、彼は家でしっかりと勉強ができるだろうし――……
「助けてくれた追加のお礼。哲也ときちんと話してきたの。すべての誤解を解いてきた。だから、彼氏役はもういいわ。お弁当は約束通り、卒業まで用意するから安心して。――私たち、別れましょ」
「別れてもいいけど、俺も琴音のこと好きだよ」
「俺も?」
「こないだ、校舎裏で女どもに囲まれていた時に――俺の事好きだって言ってただろ」
「ああ……あれ、聞いてたのね」
「大好きな彼氏の金成くんが~、あたりから聞いてた。何かあったら助けようと思ってたけど、想像以上に大丈夫そうだったし」
「まあ、あの程度なら別にどうってことないわ」
そう私がいったところで、先ほどの金成くんの言葉が蘇る。
「ん? ちょっと待ってよ、俺も好き、って何よ? そもそも、甘い言葉はオプションで――有料なんじゃなかったの?」
「本音なら無料だ」
「そう、無料ならいいや」
……ん、本音?
私は首を思わずかしげてしまい、そのまま金成くんの方をちらりと見やる。
「本音ッ!?」
ようやく理解し焦る私の方を金成くんはじっと見てきて、手をそっと重ねててきた。そのままぶわっと羞恥心が込み上げる。
「さて……琴音。俺と本当に、別れられると思う?」
その言葉に私は耳まで熱くなっていくのがわかった。
「まって、金成くん。いま、琴音っていった? だって、いままで私の下の名前を呼んだことなんて」
「とりあえず、試してみようか」
「何を!?」
……金成くんは強欲だ。
本当に、本当に強欲だ。
将来の夢、毎日の弁当、デザートも、そして私ですらも手に入れたいと?
そんな彼が、努力と猛勉強の末に――将来たくさんの人を救う敏腕弁護士になったのだが、それはまた別の機会に語らせていただこう。
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