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「金成くん、ちょっとお話しがあるんだけど」
教室の放課後。私の声かけに、イスに座っていた彼は顔を上げた。茶色くガラス玉のように透明な瞳は私をじっと見捉え、その美麗な顔立ちは何度みてもドキリとする。ただし――……
「なんだよ、内容によっては相談料をとるからな」
……彼の名は金成 拓也。この通り、少し残念な性格だ。
超絶イケメンではあるが、家は貧乏だということで、いつもファンの女の子からのお弁当などで食費を賄っている。私もファンではないがたまに差し入れはしていた。
「私のお願いをもし聞いてくれたら、卒業までの昼食の保証はするから」
「よし、聞こうか」
二つ返事で前のめり気味に回答してくれる彼は、女ではなく金に対して、とても素直だ。ありがたく、話を進めさせてもらおう。
「付き合っているフリをしてほしいの。期間限定でいいから」
私の言葉に、金成くんは物言わず眉をひそめた。
***
事の始まりは昨日の夜。
自宅に訪れた男の子の顔を見て、私は思わず悲鳴をあげそうになった。
「久しぶりだな、琴音」
彼は私を幼い頃、いじめていた木更津哲也という。
アメリカに行っていたが、つい先日、日本へと戻ってきたらしい。家は隣で、うちの2倍……いや、3倍はあるプチ豪邸に住んでいる。これでも、いちおう幼馴染というやつだ。……馴染んでいるかはともかくとして。
「琴音、お前はオレの婚約者だからな! これからいうことを聞けよ」
なんの脈絡もなく彼にそういわれ、絶句した。
どういうことなのかが理解できず、母に事情を聞くと「そういえば、あなたたちが小さい頃、仲がよくって……そんな約束もしたわね。うふふふ」ということだ。
つまり両親同士の口約束らしい。
両親にイヤだと抗議したが――……
「どうせ彼氏とかいないんでしょう? いいじゃないの」
何を馬鹿な。いいかどうかでいうと、最悪だ。
仲が良くっていった?
誰と、誰が?
幼稚園時代の記憶が蘇る。
虫をプレゼントされ、髪の毛をひっぱられ、おもちゃを取られ、ぬいぐるみをちぎられ、あげく私物を隠され……さんざんだ。
彼氏がいない?
どうして、そう言い切れるのだろう?
私に彼氏がいなさそうだと。
……図星をつかれ、私の怒りは爆発した。
「彼氏いるもん! イケメンの彼氏が!!」
かくして、真っ赤な嘘をついてしまった私が、どうすればいいかを必死で考えた作戦は「食費に困っている金成くんを、昼食で買収しよう作戦」だった。
ここまでの事情を話し、私は金成くんを見て、人差し指を一本立てる。
「もちろん、本気じゃないわ。あなたは私のこの話に付き合うだけ。アイツや両親と話をつける、しばらくの間だけよ。おいしいお弁当をきちんと毎食用意するから! だから、お願い」
「……」
何を真剣に悩んでいるのだろう。
お弁当ごときでは、と思っていたのだろうか。
やはり、こんなお願い、無理があっただろうか……?
しかし、私の思惑とは、別の返答が返ってくる。
「そんなんで、いいのか?」
「あの男と関わりたくないの。恋人なんてまっぴら。相手が諦めるまでの期間よ。当然ながら、あなたの昼食生活は、完全保障するわ」
「デザート付きなら」
惜しんだのはそこなのか?とツッコミたい気持ちを抑え、私たちは固く握手する。かくして、私と金成くんは付き合う”フリ”をすることになった。
そう、憎きあの木更津哲也め。
アイツとだけは絶対にお断りだ。
ただそれが、私の思いもよらない、そんな展開になろうとは――……
この時は考えも、しなかったけれども。
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