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「これがイケメンの彼氏、金成くんです」
私はハイッと手を添えて、玄関先で私の真横にたつ金成くんを紹介した。
目の前には私の両親と自称婚約者の木更津哲也が口をあんぐりとあけている。
「あら……本当にイケメンだわ!」とお母さん。
「嘘だろ!? お前ごときがこんな……こんな……」と木更津哲也。やはりコイツは失礼なヤツだ。
……ちなみにお父さんは無言だった。
「よろしくお願いします」と手短にいう金成くんは、きちんとニセ彼氏の約束を守ってくれるらしい。とても紳士的で好青年な笑みを浮かべ、きっちりと姿勢正しくたっている。
いつもこれならば、彼の評価はうなぎ登りなのだが。
「お、おばさん……でも、ほらオレとの、両親との約束が、結婚の……!」
「そうねえ……哲也くん。二人とも若いんだし、別にそぉんな大昔の、適当にした私たちの約束なんて、どうだっていいじゃないの。それに、うちの子じゃなくてもね。あなたもイケメンなんだから、新しい彼女の一人や二人作っちゃえばいいんじゃないの? うふふふふ」
あっさりと母に受け流され、木更津哲也はうなだれた。
ナイス返し! お母さん、ありがとう!
「お、おじさぁん……」
そして、彼は私の父に助けを求めるも――やはり父は無言だった。
「じゃあ、別に結婚しなくてもいいわけ?」
私の言葉に、父が真っ先に頷いた。その後、母も「もちろん、別にどちらでもいいわ」と満面の笑みで答える。
「なぁんだ」
それなら、後はこの本人――木更津哲也と話さえつけば、これで話は終了ということだ。
「さっさと終わりそうで良かったね」
金成くんにそっと耳打ちをすると、「そうだな」と彼は珍しく少しだけほほ笑んだ。
「でも、本当に付き合ってるのよね……? あんまりそうは見えないけど」
「ん?! いやいや、こうみえて超ラブラブなんだってば!」
のんびりとした母ながらも、勘だけは鋭い。その視線の先は私たちの手に注がれている。そうだ、確かにそういう割には手すらも繋いでないのは不自然だっただろうか。それに気づいたのか、金成くんは私の指を絡めて握る。
とたんにその手の、指先から全身にかあっと熱が広がっていく。ごつごつとした無骨な金成くんの手がやたらと大きく感じられ、あたたかくまるで包まれるような感覚に私はすっかり耳まで赤くなってしまったかもしれない。
私はその感覚を誤魔化すように、こほんと一つ空咳をした。
「これで、らしいだろ?」
他の人には聴こえぬほど小さな声で金成くんは私に告げる。私はややあって、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「そうね。ニセでも彼氏なんだから、私に甘い言葉の一つでもかけたりしないの?」
「欲しければいうけど。もちろん有料だけどな」
なるほど、どうやら甘い言葉はオプション扱いらしい。それに、お金を払っても彼の心はこもってなさそうな気がする。金成くんのブレなさは、すがすがしくもあるが。別にそういうのが欲しいわけではなかったので、構わないけれども。
少々わざとらしいかな、とは思ったけれども私はにこやかな笑顔を浮かべた。やがて、木更津哲也はとぼとぼとリビングから退出していった。
私はそれを追いかけ、木更津哲也の顔を覗き込んだ。
「……あのさ、哲也。親同士の口約束なんて、守らなくてもいいよ」
「……」
「ちょっと、哲也。聞こえてる?」
「嘘だ、嘘だ……」
木更津哲也はビシィッ!とまるで漫画のように私を指さして、息を大きく吸い込んだ。
「……オレというものがありながら、勝手に彼氏を作るなんて生意気だぞ! もういい! オレにはオレの考えがあるからな!」
え、これまで放置で勝手に彼氏がとは何なのか。
というか、知らずに勝手に婚約者に任命されていた私はどうなるのか。
おのれは人の事を言えるのかぁっ!と特大のブーメランを投げ返してやろうかと思っていたら、木更津哲也は、すでに忽然と目の前からいなくなっていた。
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