【短編恋愛読切SS】雨に唄えば。

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 「コラボが人気だったから、新しい企画だって?」  先日のスタジオで撮影した、姉ちゃんとの動画が大反響だったらしい。それで、今度は男性とコラボして欲しいと要望があったそうだ。  「なんで男?」  俺の疑問は最もだろう。どちらかといえば、SNS人気アイドルといっても過言ではないキャシーが異性と絡んで踊っていたら大炎上しそうなものだが。  「男性とコラボ、っていうか……新企画を提案したら社交ダンスをみたいって要望が多かったの。でも、男の子で……しかも踊れる人なんて知り合いも伝手もないし、どうしようかと。以前、霧島くんの家のダンススタジオに行ったときにお姉さんと踊る姿を見たことがあって……すごく上手いなって思い出して」  そういえば過去に何度か、姉ちゃんと一緒に社交ダンスの演習をしていたっけ。そこでギャラリーがいたことも何度かあった。周りに意識をしないように必死だったから、その場に朝倉さんがいたとしても、俺は気づかなかっただろう。  「SNSに、しかもクラスメイトと一緒だなんて、いやだよ」全力で拒否したのに、顔は出さない、一度だけだからと懇願された。俺も気弱なヤツなので、懇願されたら断り切れない。ほとんど押し切られるような形で、受けてしまった。    気が変わらないうちに、と俺の家を訪れた朝倉さん……いや、今は美少女キャシーの姿に姉ちゃんは俺を二度見ならぬ五度見くらいした。 「キャシーがあんたを誘ったって? マジで? 嘘でしょう? ……変な気を起こさないようにね?」 「ないない。後が怖いもん」  まあ、この世で一番怖いのは、SNSでも朝倉さんでもなく――姉ちゃんだけど。そう考えて、朝倉さんをスタジオへと案内する。よくよく考えたら、動きやすい服じゃなかった、と部屋へと戻って黒のシンプルなシャツを取り出した。シャツを着替えるべく、スタジオで脱いだのが運の尽きだった。  「きゃーーー!霧島くん!?」  「陽介、さっそく何してんの!」  「え、なんで!?」  なぜかスタジオで待機していた姉ちゃんに、自作のハリセンで叩かれる。「こんなところで脱ぐな!」と叫びながら。というか男だからスタジオで上半身裸になるくらいは、許されていいと思うのだけれども。   「いつもここ(スタジオ)で着替えてるじゃないか、なんで今日はダメなんだよ」  その直後に”女性にみだらに上半身裸を晒してはならない”という何の宗教だよーーな論理展開をされ、困惑する。が、コレは守らないと殺されるヤツだ。しかも凶器はハリセンで。「もうしません」と約束をさせられ、ようやく朝倉さんへと向きなおる。  「ところで朝倉さん」  「キャシーです!」   「キャシー朝倉さん」  「なんか呼び名が芸人ぽい!? 普通にキャシーって呼んでよ。それで、なに?」  「えーっと、キャシーって社交ダンス、踊れるの?」  「踊れませんよ! だから霧島くん、教えて下さい!」  「だそうだ、社交ダンスはとりあえず姉ちゃんが教えた方がよくない?」  「それはダメ。我が家の授業ルールで、きっちり教えるなら料金とらないとダメなのよ。そういうことで、キャシーは一時あんたの彼女ってことで」  「はぁ!?」  「ええ!?」  姉ちゃんの斜め上の提案に、俺とキャシーの声がハモる。  「それなら彼氏が彼女にダンスを教える、って体裁なんだから料金もいらないし。会いにきた、デートはスタジオってことで陽介、あんたが教えな」  「ツッコミどころはたくさんあるんだけど、じゃあ何で姉ちゃんここにいるの?」  「こんな可愛い子と二人きりだなんて。あんたが妙な気を起こさないように見張ってるのよ。感謝しなさい」  「しないよ……そんなことしたら風穴っていうか、ヒール穴を空けられそうじゃん。しかも体中に」    いまですら爆速で飛んでくるハリセンがあるのに、想像しただけで怖すぎる。  そうしているうちに時間だけが過ぎそうだ。さっさと終わらせようとキャシーにワルツのステップを教えていく。さすがにセンスが半端ないからから、数ステップ踊る程度で朝倉……いやキャシーはコツを掴んできたようだ。  「霧島くん。なんか、思ってたより近いね……手も繋ぐんだ……」  「ほれみろ、恥ずかしくなってきただろ。嫌なら無理せず止めてもいいよ」  「……それは、頑張ります……」  耳元でそっと呟き、キャシーの頬は真っ赤に染まる。案じたつもりだったが、意地悪な言葉に聞こえただろうか。あんまり意識してしまうと困るから、むしろ俺なりの照れ隠しともいえるけど。  一通りのステップを覚えてもらえば、あとは簡単だ。俺は撮影に備えウィッグとマスクをかぶる。「とりあえずいけそうなら撮影してアップするよ」と姉ちゃんの話に頷くと、俺はキャシーに向き合った。
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