【短編恋愛読切SS】雨に唄えば。

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 「動画再生数が過去最高だって?」  喜び勇んでスタジオにきたキャシーの話に一番驚いたのは俺だ。    「ダンス経験ある知人に手伝ってもらいました、ってことでアップしたら、すごく話題になっちゃって……フォロワーにぜひ他の社交ダンスもみたい、っていわれちゃた!」    そこまで話題になるとは思わなかった。自分のスマホを取り出し、キャシーと俺とのダンスを見ると、姉の編集の技術もあるがこれがまた上手く撮れていた。確かにキャシーの中でのトップ再生に躍り出るだけのことはあるかもしれない。  「だから、もう一回、踊ってくれない? 霧島君!」  「ダメだよ、キャシー。最初から1回だけ、って約束だったじゃん」  「お願い! あと1回だけ、お願いします!」  「嫌だよ、ほんとムリだって。そういって、何度もやらされそうだし」  「お願い、頼れる人が霧島くんしかいないの……」    ここでやたらに視線を感じる、と思っていたらレッスン時間になったのかスタジオに人が集まってきた。「別れ話?」「修羅場?」なんて、キーワードがひそひそと聞こえてくる。 全然違う、誤解がありすぎて困る。このままでは霧島ダンススクール(おれんち)にあらぬ不評レビューがつけられてしまう。半ばその場から逃げるようにキャシーを自室に連れて行き、説得をしようと試みるも無駄だった。いやむしろ――    「……やるよ、やればいいんだろ」    折れたのは俺だ。情けないが、これが現実だ。  レッスンが終わり人気がなくなった時間を見計らって、ダンスの練習に勤しむ。複数の社交ダンス動画を検証し相談した結果、初心者向けでワルツより見栄えのするルンバに決まった。  「さっき俺の部屋で動画みたからわかると思うけど、これワルツよりも、ずっと密着度が……」    いや、その先はいわずにおこう。前回忠告したし、これ以上は彼女自身が決めればいいことだ。むしろ俺がセンスはあれど、ほぼ初心者のキャシーをリードできるように、ぶっちゃけ腕を磨かなければならない。こうして、数日間に渡るひっそりとしているのかしていないのか――な、俺たちの練習は続いた。  ステップを踏み、キャシーはくるりと廻る。腰に手を添え、支えるとかあっと熱くなる頬をみると、こちらまで緊張してしまう。    「なんとか慣れてくれない……? そういう反応されちゃうと俺まで恥ずかしくなるんだけど」  「で、でも、そんなこといわれても……」  やんわりとこのまま練習を止めてもらおう思っていたら、拒否された。もうこうなると場数を踏んでもらって慣れてもらうしかない。今度は肩に手を触れるも、ガチガチに緊張しているようだ。前途多難しかない。  「ダメだ。頼むから姉ちゃん、ちょっと代わってよ」    そういって慣れた姉ちゃんとステップを踏む。やはり熟練度か踊りやすさが違う。俺たちの息がピッタリの様子にキャシーは拍手し、涙ぐんでいた。それを見てなにかを振り切ったのか、悔しかったのか――キャシーはそれから意気込むように俺にやたらとひっついてくるようになった。 
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