【短編恋愛読切SS】雨に唄えば。

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 こうして何度か姉ちゃんにも協力してもらい、俺たちは何度目かは忘れたが社交ダンスを踊り投稿する。最近はすっかり慣れてきて、タンゴやチャチャチャですらもできるようになってきた。  「ずっと付き合わされてるよな。場所もスタジオだし」  ぽつりと思わず俺はこぼした。見上げるキャシーは相も変わらず可愛らしい。というより最近、足が引き締まりスタイルがさらによくなり、美人さに磨きがかかったと評判だ。俺は俺で背筋がピンと伸びたという評価だけはもらった。なかにはこの相手の男の子、つまり俺に恋をしているなんていう憶測もあるだろうが、キャシーに限ってそれはないだろう。  スタジオで飽き飽きしてきた俺は、ぽろりと口が滑る。  「なんだろ、変化が欲しいよな。場所を変えてみたりとかさ」  「場所? それなら今度は外で踊ってみるとか……?」  最近は梅雨で雨続きだ。確かに雨が止んだら、外もありかなと一瞬考える――と、キャシーは俺の手を強引に引っ張った。  「霧島くん、踊ろう!」  「は!? 雨なのに?」  「雨だからよ!」  傘もささず、スタジオの外でダンスを踊る。はじける互いの水飛沫に、高らかにあがるキャシーの笑い声。ちらちらとガラス張りのスタジオから生徒たちが一体何をしてるんだとばかりに、俺らを眺める。笑うもの、呆れるもの、ニヤけるものまでも……恥ずかしいったらない。まったく、キャシーは強引だ。    「もう最高! ねえ、キャシーってね、雨に唄えばのヒロインの名前なの!ダンスをはじめたのも、憧れたからなの!」  その言葉に俺は少しだけ動揺した。有名な映画だから、俺も当然知っている。タップダンスで傘と共に笑顔で唄う男優の姿を。降りしきる雨をものともせず華麗にタップを踏むあの姿を。  「本当に上手いよ、霧島くん。SNSに顔は出さないの?」   「……しない。というか、マスクでもいいのかと思うくらいだ」  「それなら他の人にバラしちゃえばいいじゃない」  「嫌だよ。キャシーだって、みんなに正体をバラしたくないんだろ?」  「そうだけど、悔しいよ。霧島くんがすごい、ってみんなに知って欲しいだけなのに」  「その言葉はそのまま返すよ」  不満そうに俺を見上げるキャシーに、俺は心から笑う。心底そう思うし、知っている人に知ってもらえれば別に不満はない、と思っていた。けれども。  「キャシーって、朝倉さんでしょう?ホクロが一緒だもん」  「え……」  数日後、朝倉さんは同じクラスの子たちに絡まれていた。だからその特徴は隠した方がいい、っていったのにと俺は思わずため息をつく。  「だってさ、メガネ越しに見える顔も一緒だし他も似てる。ねえ、キャシーでしょ? ここで今すぐ踊ってみせてよ、生でみてみたいもん」  きゃあきゃあとはやし立てる女子生徒たちにいわれ、朝倉さんは怯えるように首を振った。大丈夫だろうか、と思う俺に当てつけるように不穏な空気が教室内を漂う。    「ええー、ノリ悪ぅい」  その女子生徒の言葉に、妙に腹立たしくなる。  「いい加減にしろよ」  よせばいいのに、俺は席をたって朝倉さんの傍らに立っていた。女子生徒たちは、「何なの?」と俺を睨みつける。ここで怯んだら負けだ。わかっているけど、想像以上に勇気がいる。そうしていると、近くの男子生徒が声をかけてきた。  「……霧島の家って、ダンススクールだよな。まさかお前がキャシーの……」    そこまでいったところで慌てて女子生徒たちはスマホを取り出し動画をみる。見比べられ、困惑した。マスクとウィッグをしていても、俺たちの背丈や雰囲気は誤魔化しきれないからだ。  「ああ、そうだよ。俺らだよ、別にいいだろ」  周りを睨み、半ば投げやりで吐き捨てる。「霧島くん……」と、朝倉さんは俺の裾を掴む。我にかえったところで授業が開始され、騒ぎは収まった。自分だけでなく、キャシーのことまでバラしてしまったという自責の念に駆られる。悪いことをしたわけじゃない。 ――でも、良かったのだろうか。  そのまま居心地が悪かったのか、物言わず遠巻きにクラスメイトたちは帰っていく。教室には俺と朝倉さんだけが残された。帰ろうか、とぼんやりと教室をでたところで数人のクラスメイトたちが廊下にいることに気づいた。  「改めて動画をあの後見たんだ。お前、マジで上手いじゃん。それがいいたかっただけ」男子生徒は俺をみながら、そういった。  「ごめんね、霧島」と真横の女子生徒もおずおずと声をかけてきた。  「怒ってゴメン、できれば内緒にしていて欲しい」  そうハッキリと俺が頼むと、その場のみんなは頷いてくれた。クラスメイトたちは走り去っていく。思っていた以上に、俺は気を張っていたのかもしれない。壁を背にずるずると座り込む。さっきの肯定的な言葉が胸に響いて鼓動が激しく動いてる。これまでは、大会で失敗ばかりでいいとこ無しだったから――。  「霧島くん、ずっと頑張ってる。かっこいいよ、ほんと」  上から覗き込んできたのは、朝倉さんだ。心配そうに、俺の瞳をじっくりと見ながら。そんなことを、いわれたことがなくて純粋に嬉しく感じる。というより、へたり込んで泣きそうな俺に対して、カッコいいなんていうとは思わなかった。むしろ逆だろうと思うのに。  一時期苦しかったダンスが一転して、評価よりも誰とどう踊るかだって――そして、それが心から楽しく踊れたのはキャシーのおかげだ。  黒く重苦しい雲があろうが、ひどく冷たく感じる雨であろうが、いかに眩しく光る太陽の元であっても、キャシー自身が輝けるのであれば、俺は一時のパートナーでも構わない。そのために、努力を惜しまない。そう、思わせてくれたから。  「本当にありがとう、キャシー……」  そういって、朝倉さんは今にも泣きだしそうな俺を抱きしめてくれたことを――家に帰ってから、恥ずかしくて死にそうになったのを俺は思い返した。
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