【短編恋愛読切SS】雨に唄えば。

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  「陽介、手伝ってよ」  二つ上の姉ちゃんに呼び出され、俺はひょいとダンススタジオへと顔を覗かせる。いつもより賑わっている鏡張りのスタジオに、少しだけ目を丸くしてしまったのは内緒だ。  「なんかいつもより、人が多くない? しかも若い女の子ばっかりじゃん」  いつになくドギマギしてしまった。それもそうだ、俺の家は社交ダンススクールだが、若い子向けにポップなダンスも教えている。ポップダンスを習うのは年頃の女の子が多いからか、俺は滅多にスタジオに顔を出さない。目立ってしまうし、目のやり場に困るからだ。それでもこの日は、嫌がる俺を駆り出さねばならないほどの人気っぷりだった。なんでと首をかしげる俺の目の前に、姉ちゃんはスマホをぶら下げる。その画面に映っていたのはフォロワー数万人の青い髪の美少女だ。  「今日はね……なんとSNSで超人気の子がいるのよ。キャシー、っていう子で」  「キャシー?」    姉ちゃんが顎をくい、と動かした先に見えたのはスタジオで一人だけ浮いている女の子。すらりと立つ黒く大きな瞳、白い陶器のように滑らかな肌。髪の毛は流れる水のごとく透き通るような青色とほのかな桜色の唇。気になったのは顔立ちがどこかで見たことがある点と――首元にある少し大きめの特徴的なホクロだ。  「それでこんなに……?」  「そう、私のダンスを気に入って一緒に撮影したいから、ってキャシーさんから誘われて、一緒に踊ることになったの。これでうちのダンススクールが人気でたら、嬉しいでしょ?」    確かに生徒が増えて家が儲かるのはありがたい話ではあるけれど、俺に何をしろと? 俺の表情から質問が読めたのか、姉ちゃんは返答する。    「今日は見学と生徒が多くて、お母さんや私だけじゃ人手が足りないの。ってことでアンタも生徒に教えなさいよ」  「……俺がぁ?」  小さな頃から親に叩き込まれた甲斐あって、社交ダンスや簡単なダンスはそこそこ踊れる。むしろプロ並みに上手いくらいだと評価された。しかしながら、どうも内向的な性格が相まって講師や大会などには不向き。陽介というのは名ばかりの陰キャもどき、実力はあるのにここぞという時に発揮できない愚図な弟、というのが姉ちゃんの俺に対する評価である。よってこういう時だけ俺を利用するのかよ、と不満げにむくれてしまうのも仕方がない。  そうしているうちに早く教えろと生徒たちに急き立てられる。同じくらいの子に教えられるなんてと不満そうだった生徒たちも、俺の(できるかぎりの)丁寧な解説と(それなりの)実力で納得してくれたらしく、つつがなく授業は終わった。まあ、ぶっちゃけ俺の話より姉ちゃんやキャシーを見て授業に集中してない連中が多かったけど、そこは胸の中にしまうことにした。  「おはよう、霧島くん」  クラスメイトたちの声に、俺は我に返る。「おはよう」と簡単に返し、どこかで見た記憶がある、あの雰囲気の人物をぐるりと見渡し探す。キャシーの青い髪の毛はウィッグだろう、そして派手なメイクでごまかしているけれども……俺は視線を一点に集中する。今どきあるかよ、ってくらいのビン底メガネに烏の濡れ羽色の髪。そして首元のホクロ。控えめな性格で目立たない女子生徒だけれども、SNSで人気のキャシーとやらは……朝倉(あさくら)さんじゃないか?  といっても、こんなに人目があるところで話しかけれない。きっかけを探そうと眺めていたら、朝倉さんは俺の視線に気づいた。見すぎただろうか。小さく誰にもバレないように手招きをされ、俺はトイレに行くふりをして教室を出る。近くの誰もいなそうな教室に手早く入ると、朝倉さんは俺を見上げた。  「霧島くん、朝から私をずっと見てるけど……何か用?」  「朝倉さんってキャシー?」  「えっ!?」  用件は早く済ませた方が互いのためだろうと質問すると、朝倉さんは動揺したまま、固まってしまった。   「ああ、首元のホクロに……総合的に気づいちゃっただけ。知ってるのはたぶん俺だけだと思う。別にいうつもりはなくて……確認しただけ」  気になっていたことが早々に判明し、俺もすっきりした。立ち去ろうと思って、一瞬踏みとどまる。  「……俺にバレたんだから、他の人もあり得ると思う。少なくともホクロは隠すとかした方がいいかもな」  助言を与え、去っていこうとする俺の袖がぐい、と思い切り引かれた。    「あ、あの、私も霧島くんに先日からいいたいことがあって。協力、してくれない……?」  「なにを?」  横目で朝倉さんを見下ろす。心なしか顔が近く感じるが、今はそちらに意識を向けている場合じゃない。  「実は、新しい企画を考えてるの」
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