4人が本棚に入れています
本棚に追加
夢の中みたいな冬の夜に
オレは、正月の三が日が好きじゃない。
それは、自分の実家が神社だから。
家業の手伝いやらで、毎年、初詣の人混みに放り出されるのは、ちょっと抵抗がある。……騒がしいとこは、正直得意じゃないしね。
実家はと言うと、『清能稲荷神社』っていう、古くからある由緒正しき神社。
オレらの家族は、岐阜県の西側にある清能町に住んでいる。
オレの父親は神社の神主。そんで、大学生の兄貴が神社を継ぐ予定。
オレの名前は清王俊で、今年で小五。
兄貴の進路が決まっているので、どうやらオレは、家業を継ぐプレッシャーが全く無いらしい。
ああ、高二の姉貴は将来パティシエをなるために、専門学校を目指している、と言ってたかな……?
とはいえ、巫女の格好は気に入っているようで、オレとは違い、家業の手伝いは楽しそうにやっているみたい。
話は戻るけど、別に『清能稲荷神社』自体は嫌いじゃないんだ。緑が多くて、広々とした場所って、気分がいいしね。
人混み……とゆーか、多くの人としゃべんないといけない状況が、オレはすんげー苦手で。
オトンやオカンみたいに、多くの氏子さんたちに挨拶とか雑談とかするのってムズいし、気乗りしないんだ。
まっ、そんな感じで今年の大晦日も、お守りやら絵馬やら破魔矢やらを運んだり、カウンターに並べるために種別したりして、オレなりに頑張って手伝ったんだ。
そして夜になって、神社の敷地内で、お焚き上げの準備が終わった後――
一匹の白い動物が、遠くからオレをじっと見つめているのに気が付いた。
その後、その動物は神社の小道、山に繋がる遊歩道に入っていった。
オレは気になって、その動物のあとを自然と追いかけていった。
大きな白い野犬か? それとも別の動物かなぁ?? そんなことを考えながら、オレは白い動物についていった。
遊歩道を抜けると、歩きにくい細い獣道に入っていく。その獣道は、山の遊歩道よりはずっと長いようだ。
……と、白い動物は、山の中ではあるけど、広く開けた場所に向かった。
少しだけ疲れていたけど、オレも一踏ん張りして、白い動物を再び探した。
その広く開けた場所に着くと、すぐに白い動物は見つかった。その動物は、高いとこにある木造の建物の手前、めっちゃ長い階段の下に居るようだ。
てっ、……んっ?? この建物、どこかで見たことあるような?
それから、建物の周りの様子も不思議だった。昨日は全国的に大雪だったのに、ココは全く雪が積もっていない。
あと、篝火は建物の側、土の上に数カ所しか置かれていないのに、あまり暗くないみたいだ。星もたくさん見えて、満月も出ているからか、空からの明かりが強いように感じたし……。
それに、ダウンコートも着なくていいくらい、秋の昼間のように心地よく涼しかった。
ふと再び建物を見てみると、白い動物が階段を上っているのに、オレは気が付いた。
オレは建物の傍に行き、階段に近づいていた。階段の真ん前で足を止めると、高いところにある建物の方に目をやった。
白い動物が建物に入ると、すぐにその動物と一緒に、一人の女の人が外に出てきた。ゆっくり、ゆっくりと階段から降りてくるようだ。
その女の人は小柄で、変わった格好はしていた。それと、頭の上の方に一つ髪をまとめて、一部の髪を垂らしていて、白いワンピースのような服を来ていた。
女の人の年齢は、二十代……半ばかな?
「其方が『清能稲荷神社』の神主の息子、次男の……俊か?」
その女の人は階段の下まで降りてくると、オレの顔をやさしく見つめた。
「あっ、はい。そうです……??」
「我はウカノミタマじゃ。……ああ、此処は京都にある伏見稲荷大社の近く、神々が棲む異界じゃよ。
其方と会って、少し話してみたいと思うてな。それで、其処におる天狐の若葉に、そなたを此処まで案内させたのじゃ。若葉は、其方たちの神社を担当しておる」
「では、ご子息様。どうぞ中へお入りください」
ええぇぇぇ!? うちの神社にお祀りされている、超々有名な五穀豊穣と金運・商売繁盛の『神様』と、オレ話してたっ??
それに今になって、初めて白い動物が狐で、しかも神様の『位の高〜いお使い』だって気付いたしっ!!
あと、そこの木造の建物も、歴史の教科書に載ってたこともね!
何かの魔法で一瞬、オレの眼鏡がVRゴーグルになったかと、勘違いしたよっ!!
てかっ、どう考えても、自分が夢の中に居るとしか思えない……。
オレは建物の中に入ると、ウカノミタマ様から温かい緑茶をご馳走になった。
天狐の若葉ちゃんは背筋を伸ばして、ウカノミタマ様の真横に座っていた。
若葉ちゃんもウカノミタマ様と同じように、上品さがあるようだ。
「俊は、確か……キカイと言ったか。高等なソウチ……に関する職に、興味があったかえ?」
「あ、はい。……プログラマーやらシステムエンジニアやら、ですね」
「そうか……。そういう一人で黙々とこなせるような職を目指しているとはいえ、社会に出てから、同じ目標を持つ仲間とうまくやってくには、意思疎通を怠ってはいかんぞ、俊や。
……とは言っても、その幼き年で、ほとんど愚痴も言わず、家業の手伝いを毎度している姿には、実は感心しておる。大人になって働き始めたら、いずれは役に立つ故、今後も家業の手伝いを続けると良いぞ」
俺が家に帰る時、ウカノミタマ様と若葉ちゃんが山道まで送ってくれた。
「此処は、人間界とは時間の流れが違う故、神社に戻った時は、数分しか時間が経っていないだろう。大切な息子の帰りが遅いと、其方の家族も決して心配することは無いから、安心すれば良い」
そして、「目の前の光の中に入れば、すぐに神社に戻れるぞ」と、ウカノミタマ様はオレに言った。
山道の入口に見えた薄い黄色の光の中に入ると、ウカノミタマ様が言っていた通り、あっという間に『清能稲荷神社』の御本殿の前に着いたんだ。
オレは家に戻ると、急いで夕飯と風呂を済ませ、明日からの家業の手伝いのために、早めに寝ることにした。
そうして布団の中に入ると、オレはウカノミタマ様からのアドバイスをふっと思い出した。
(意思疎通を言い換えたら……、そっか!! 氏子さんたちとのコミュニケーションが、未来に役立つかも、か……)
オレはまだまだガキだからか、ピンと来てはいないとこもあるのかな?
だけどっ、少しでも苦手なことを克服しようとするのはイイコトだと思うから、コミュニケーションの練習ができる家業の手伝いは、できる限り続けていこうと思う。
オレらが護っている神社に、これからもたくさんの参拝者が来て欲しいしね!
〈おしまい〉
最初のコメントを投稿しよう!