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森の中での修行を終えると、次は小屋に戻って薬術と毒術の試験勉強だ。
薬術と毒術の一級試験にも例に漏れず実技試験がある。
いずれも形式は似ていて、会場に用意された大量の薬草や植物の中から適切な材料を選び、指定された品を完成させるというもの。
出題傾向は決まっていて、薬術は傷や火傷の塗り薬もしくは疲労回復や滋養強壮の飲み薬―もとい健康茶とも言うが。毒術は特定の症状用の解毒薬もしくは害獣や害虫に効果のある毒物や痺れ薬だ。
一級の段階ではまだ、一般家庭でも使われるような効能の弱い薬が課題の対象となる。
「そうだ、前から聞きたかったんだけど」
「うん?」
青は半紙の上に拡げられた素材を仕分けする。その様子を藍鬼が部屋の隅で針に鑢をかけながら「監督」していた。
「一師(いっし)ってどういう意味?」
何故その質問を、というように仮面が顔を上げた。
「ハクロさんやホタルさんが、師匠をそう呼んでた気がする」
「ああ、敬称みたいなものだ。学校で言えば「先生」といったところか」
藍鬼は腰を浮かして近くの文机から筆と、書き損じを綴った雑記帳を手繰り寄せた。空いた頁に書き込まれていく様子を青が正面から覗き込む。
麒麟 特師(とくし)
龍 一師(いっし)
獅子 二師(にし)
虎 練師(れんし)
狼 佳師(かし)
「公式ではないから、教本には書いてないだろうな」
「龍とか獅子って呼ばないの?」
公に技能職位の「麒麟」「龍」といった称号は、総合職位の「特士」「上士」と同義であるが、当の技能師らが称号名で呼び合う事を避けた結果、総合職位に似た呼称が自然と浸透した。
「俺も龍と呼ばれるのは居心地が悪い」
「そ…っかぁ」
価値があるのは俺じゃなくてその紋章だ―以前に、藍鬼が言っていた言葉が青の記憶に呼び起こされる。
麒麟や龍をはじめ、技能職位の師の称号は、いずれも神話や伝承において神獣とされる存在だ。龍の箔押しがされた薬瓶に入っている薬の方に価値があるのであって、技能師そのものが神獣に並ぶのは畏れ多いという訳だ。
青にはまだ少し難しい感覚であるが、それが技能師の矜持であるといずれ身をもって知る事になる。
「少々、気が早い話をするが」
弟子がすり鉢で実をすり潰す音に、師の独り言のような声が重なった。
「なに?」
止まりかけた擂粉木。
「続けろ」と促され再び動き出す。
「狼以上の専門職は、道を一つしか選べない事は知っているな」
「うん」
甲以下を「資格」、狼以上を「専門職」と分類する理由はそこにある。
狼から初めてその職位の「師」を名乗る事が許され、各技能師はその分野の水準維持と探求の継続が厳しく求められる。道の邁進には他の道との兼業が許されず、故に「師道」と謳われ尊ばれる。
「いずれ、道を選ぶ日が来る」
「師匠、僕、」
「だが今決める事ではない、と俺は言いたいのだ」
藍鬼の、少し強い語気が青の声を遮った。
「お前が大人になる十年、二十年の間に、転機は何度も訪れる。転機というのは、考えや意識を変える出来事、ということだ」
「……」
擂粉木を持つ青の手は完全に止まっていた。
「それまでは、とにかく多くを見聞きし、学び、己を鍛えろ。道を選ぶのはそれからでいい」
黒い仮面は、まっすぐに弟子を見据えている。
「…師匠?」
昼間にも森で感じた違和が、ここでも青の胸中に灯り、点滅した。
沈黙に没む室内。
開け放たれた戸口の向こうから、成熟した春告鳥(ウグイス)のさえずりが聞こえ始めていた。
期限の夏は、確実に近づいている。
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