【第二部】ep.22 獣人(けものびと)

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 途中の道程までは転送陣を使い、辺境区に入るとそこからは足での移動となる。  隊は二手に分けられ、一色隊長班と、楠野副隊長班でそれぞれ西回り、東回りで北上。適宜、式鳥で連絡を取り互いの殲滅数を報告し合いながら、合流地点を目指す運びとなった。  青は蓮華と楠野班、朱鷺は一色班となった。  道中で朱鷺の仕事ぶりを観察できないのは残念だが、合流先に匪賊共が砦を築いているとの情報が諜報部よりもたらされている。  高位の毒術師が派遣される理由はそこであろう。 「上がるぞ」  切り立った岩壁を見上げ、楠野上士は頭上を指し示した。  岩々が重なり合う谷間を抜ける道中、できるだけ見晴らしの良い場所を優先しようという策だ。  楠野の誘導に従いそれぞれ崖上へ跳び上がる。  渓谷の乾いた風が一層強く吹き付けた。  楠野上士を先頭に准士と中士が続き、その後ろを青と蓮華が横に並び、更に後ろに准士が一人続く。 「楠野上士」  崖上からの谷間の様子を伺いながら歩く青の耳に、前方を歩く中士の声が乾いた風に重なって届いた。 「何だ、小毬(こまり)」  楠野が足を止めると、自然と全体も歩を緩める。  声をかけた中士は小毬チサ。  訓練所出身者の一人。  名前に似合う、小動物のような丸い瞳が印象的だ。頭の両側で団子状に結んだ髪が、動物の耳のようにも見える。 「この先に、人の匂いを感じます」 「匂い?」  他の面々が顔を見合わせる。崖下の谷間に広がる雑木林を眺めながら首を傾げる者もいる。  青も僅かに口元へ被さる外套の襟を下げて鼻を利かすが、風が運ぶ乾いた砂の香りしか感じられなかった。 「雲類鷲(うるわし)」  楠野が次に声を掛けたのも、訓練所の元教え子二人目。  雲類鷲ソラ中士。  彼もまたその名に似合った、鋭い眼光の持ち主の青年だ。猛禽類の風切羽のような硬質の黒髪の毛先が風になびいている。 「あのミズナラが群生している辺りに」  と谷間に広がる雑木林の一角を示す。二人の中士の言葉を受けて、楠野は崖下へ目を凝らした。 「ミズナラ…」  ふと思い当たって、青はその場で膝をつく。  両手を地に這わせ、水術で水脈を探った。 「どうした、毒術の」 「し…」  青に代わり蓮華が面々の静寂を促した。崖上から谷間までの距離を探るのは容易ではない。青は只管に集中し、意識を潜らせた。 「やっぱり」  見つけた。  立ち上がり、雲類鷲中士が示したミズナラの群生地から、少し西へ逸れた方を指す。 「あのあたりに、村落まではいかない、おそらく野営地がありそうです」 「水を読んだのか」  楠野の問いに、青は頷いた。 「このまま南下されたら厄介だ。潰す。小毬、雲類鷲、蓮華、シユウはここで待機」 「承知」  名前を呼ばれなかった面々は楠野に続いて崖を下る。上から様子を眺めていると、森の一部、ミズナラ群生地付近で木々が激しく揺れ、間もなく鎮まった。 「片付いたみたい」  蓮華の言葉通り、しばらくして森から一羽の式鳥が東へ飛び去る。 「あぶれ者集団だった」  とは、戻った中士や准士達の感想。  匪賊の輪からも弾かれたゴロツキで、放っておいても人里や村落の自警団にすらやられるか、賊同士の縄張り争いに敗れて殺されるかの末路は見えている。 「あの程度じゃ妖避けにもならんだろう」  賊にも唯一の利点があり、奴らの活動範囲においては妖獣や妖虫の活動が鈍るという点だ。よって国は妖と賊の被害規模を天秤にかけ、適度に双方の「間引き」をする。  青もこのからくりに気づいた時は、少なからず大人の事情に幻滅したものだった。 「りっぱな法軍人になるんだ」と意気込む初等学校の生徒たちの大半は、人々を救う英雄、正義の味方としての未来を夢見ているものだから。  チイ  鳥の声がして、楠野の頭上に式鳥が舞い降りた。西側の一色隊長からだ。脚に括りつけた手紙には、一色隊側の戦況が記されている。こちらと状況は似ていて、はぐれ雑魚の集まりを二組ほど始末したという。 「…妙だな…」 「どうしましたか」  小首を傾げる楠野へ、傍らの准士が尋ねる。 「上!」  小鞠中士の声。  直後、隊の頭上に影が差した。 「散れ!」  全員その場から飛びずさる。  巨大落石が足場を崩し、青たち一行を分断した。続けざまに頭上から轟音と共に次々と岩や丸太が落ちてくる。  罠だ。  咄嗟に風術を発動させ崖から跳ぶ。  谷間の林へ着地すると、 「ぐあ!」  誰かの叫び声。 「!?」  振り向くと、腕に矢を突き立てた中士が地に転がっていた。すかさず楠野上士が駆け寄る。 「風壁!」  二の矢、三の矢を風術で無効化し、負傷した中士を引っ張りこんで大樹の影に身を隠した。 「囲まれている…!?」  青も木の影に潜む。  賊の姿は見えないが、気配は確実に感じる。最初に出逢った雑魚とは格が違う。  隊を森へ誘導するための罠。薄暗い森の中で、地の利は圧倒的に賊側にある。無暗に神通術を用いて力業で突破しようとしても樹々が障害となる。術の乱発は体力や気を無駄に消耗するだけだ。 「矢に毒が塗ってなければいいけど…」  岩陰から蓮華が、負傷した中士の様子を覗いている。  中士は自ら矢柄を短く折り、布で傷口周辺を縛り止血を試みているようだった。  楠野は刀を抜き周囲の気配を探っている。他の中士や准士らも同じように武器を手に、身を隠して上官の命を待った。
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