【第二部】ep.23 血と毒

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 獣除けの手法はいくつか存在するが、最も単純なのは獣が嫌がる薬の散布だ。 「私は東回り…シユウ君は西回りで…」  朱鷺はシユウへ薬瓶を手渡し、二手に分かれて野営の周辺に円を描くように薬品散布を指示した。 「分かりました」  素直な返事の後、シユウはしげしげと薬瓶を眺め始める。瓶に貼り付けた札に書いてある文字、液体の色、蓋を開けて匂いを確かめたりと、念入りだ。  評判通りの子だ。  それが、朱鷺がシユウに抱く印象だった。  蓮華が言っていたように、朱鷺は高難易度任務に、なるべく若手の毒術師を指名する事にしている。  選定方法は単純だ。過去の任務記録からのあらいだし。  過去の任務記録閲覧は、高位の者に許された権限だ。  その中で目に止まったのが、一色上士が隊長を務めた人面蜘蛛討伐任務の報告書。狼に任ぜられたばかりの新人毒術師の初任務でもある。  任務規模は小規模なものだが、隊長が負傷するという事態においての機転の利かせぶり。その報告書で最も朱鷺の目を引いたのは、その新米が攻と補の両方を担っていたところだ。  ヌシ級の妖虫を相手に毒針で動きを止め、その後の解呪や傷の応急手当も丁寧かつ適切な対応をしている。新人らしからぬ高い評価がつけられていた。  その後は後方支援の小さな任務が続くが、いずれも丁寧な仕事ぶりという好印象は変わらない。楠野上士が隊長を務めた妖獣掃討任務では代理で薬品を届けるだけの役目であったが、楠野の体調不良を蓮華二師に報告するなど、細かい所に気と目が行き届いている。  今回の匪賊討滅任務へシユウの指名を考えていたところに舞い込んだ、国抜け組織殲滅任務。滴の森で拾った薬瓶にシユウの署名を見つけた時は、何か導きのような予感を覚えた。  あの時に森で出逢った医療士の少年との関連性を勘ぐることはしない。  朱鷺にとっての判断材料は、今こうして共にしている任務での、シユウの一挙手一投足が全てなのだ。 「水罠…水術の澪は必須として…地術は主根…あと蠢動…かしら…?」  薬の散布を進めながら、朱鷺はシユウが仕掛けた罠の仕組みを脳裏で分析していた。  水術の澪、地術の蠢動、主根などの制御や透視・探索系の術は軽んじられる傾向にあるが、技能師の間においてはどれも有用視されている術だ。  それを上手く組み合わせた発想力もさることながら、朱鷺が驚かされたのはその制御力。  同属の術を連続使用する事はできても、火と水といった属性の異なる術を連続発動もしくは組み合わせる事は難易度が高く、気力を激しく消耗する。  それを緻密に正確に制御できなければ、罠に応用はできない。  だがシユウには、その基礎ができているという事なのだ。 「見てみたかった…な…水罠」  別働隊に分けられてしまった事が悔やまれる。 「一師、僕の方は終わりました」 「!」  声をかけられて顔を上げると、目の前にシユウの姿がある。考え事をしながら散布を進めるうち、いつの間にかお互いに半円を描いて合流していた。 「あら…もう?」  熟考に入ってしまうと時間の流れを忘れてしまう。 「一師、この獣除けの薬について、少しお話を伺ってもいいですか?」  シユウの手には、空になった小瓶。  貼られた札には「熊隠れ」という薬品名と、龍の判と朱鷺の署名。 「…構わない…けど」  何を訊かれるのだろうと内心が踊っている自分に、朱鷺は少しの驚きを感じていた。
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