【第二部】ep.27 姫の事情

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【第二部】ep.27 姫の事情

「峡谷上士!」 「!」  トウジュの声。  振り返ると、キョウの目前に迫る蜥蜴の大口があった。 「くっ!」 「きゃぁ!」  キョウは咄嗟に陽乃を抱きかかえ横に飛ぶ。飛びかかった大蜥蜴が、目標を見失い白馬の横腹に食らいついた。馬は断末魔をあげて横倒しに倒れ、藻掻く四肢は次第に動きを止める。 「あれは…」  朱鷺が呟き、腰を上げる。 「馬を…見て…」  龍の手甲が、息絶えた白馬を指す。  土に横たわる白い腹に、大蜥蜴に食いつかれた噛み跡が刻まれている。引きつって伸びた頸、上唇、下唇ともに捲れて歯が剥き出しになり、口角から泡が漏れていた。 「毒…、あれって…外来種ですね」 「シユウ君…行く…よ」  唐突に朱鷺が立ち上がり、藪から土道へと踏み出ていった。 「はい!」  青も後を追う。 「ひぃぇえ!」 「何なんだよこりゃ!」  真っ二つになった仲間を置いて、生き残った賊達は逃げていく。  五頭の大蜥蜴は賊に見向きもせず、キョウへ―正確には陽乃へ牙を剥いた。肥厚した表皮に覆われた分厚い体躯に似合わぬ速度で、五頭同時に地を這い疾走る。 「いやぁっ!」  悲鳴をあげ陽乃がキョウに抱きついた。 「風神…」  陽乃を抱えたままキョウは風術で宙空に逃げる。  が、大蜥蜴らは尾を発条(バネ)にして体を撓らせ、一斉に空中のキョウと陽乃を狙って口を開け跳びかかった。 「なっ…!」  意表を突かれたキョウが瞠目する。 「天嶮!」  地上からトウジュの地術が発動する。  隆起した土と岩が杭となって、キョウを狙った大蜥蜴を跳ね飛ばした。 「いいぞ、榊」  大蜥蜴の一頭へ、アザミが苦無を投げつける。  だが硬質な鱗に跳ね返された。急所を狙わなければ意味が無い、と悟る。 「そいつは炬之国の固有種で、猛毒持ちです!」 「!?」  面々が青の声に反応を示した。 「少しでも爪か牙が掠ったら退いて下さい!」 「助言感謝する!」  アザミが応える。 「助かるわ…私…大声出せないから…」 「大声は任せてください」  朱鷺と青は、栗毛馬の足元にしゃがみ込む侍女の檀弓の元へ向かう。 「助太刀感謝です!」  毒術師二人と交代する形で、女子中士二人は武器を抜き前へ出ていった。 「ひっ…」  蹲っていた檀弓が顔を上げ、朱鷺の出で立ちに一瞬、肩を震わせる。 「大丈夫…私達は…凪の、毒術師…」  朱鷺が傍らにしゃがんで、侍女の顔色を覗き込んだ。 「ねえ…あなたって…」 「グギャッ」  朱鷺の声に潰れた悲鳴が重なる。口から刀を串刺しにされた大蜥蜴が、アザミの足元に転がった。 「よし…まず一匹…口は弱いみたいだ」  動かなくなった大蜥蜴から刀を引き抜き、アザミは顔を上げる。残り四頭の大蜥蜴がなおも執拗に陽乃を狙って這いずり、飛びかかろうとしていた。 「きゃああ!!」 「風壁!」  キョウは悲鳴をあげる陽乃を片手で抱え、空いた片手を振り抜き風術を発動させる。  風の壁に弾かれた大蜥蜴らは、体を撓らせ尾で巧みに体勢を変え何度でも襲い来る。体躯の巨大さに反して俊敏なのだ。人を抱え、しかもしがみつかれた状態では、さすがのキョウも十分に戦えない。 「そいつは俺が!」  キョウへ飛びかかろうとする一頭の上から、准士が脳天に全体重をかけて双脚を振り下ろす。 「雷神…」  雷術の唱えに応じ、組んだ両手を包む雷土が閃光の鉾と化した。 「蒼槍!」  両足で大蜥蜴の頭を踏みつけ両手を頸に振り下ろす。  氷を砕くような音と共に硬皮が割れ、皮下の肉を顎下まで貫いた。 「離れて!」  青が叫ぶ。 「―え…っ」  青の声に、反射的に准士が飛び退こうと体を逸らしたと同時、大蜥蜴の喉から吻にかけてが膨張し、破裂した。 「っぐあ!」  黒ずんだ緑の液体が吹き出し、飛び散る。  液体をまともに浴びた准士が、地面に倒れ込んだ。そこへ別の大蜥蜴が口を開けて襲いかかる。 「させねぇよ!!」  その口を目掛け、トウジュが刀を突き刺した。 「炎神、業火球!」  続けて腔内へ炎術を叩き込む。 「ゴァ”ッ!」  悲鳴か燃焼音か判別できない音がして、黒焦げた大蜥蜴が引っくり返って動きを止めた。 「玄野准士!」  倒れた准士へ駆け寄ろうとするトウジュを、 「任せて下さい」  青が止める。  トウジュの前に割り込んで准士の側に膝をついた。 「すまねぇ、頼んだ!」  トウジュの声を背中で受けながら、青は道具入れから取り出した符を、准士の首筋付近に押し当てる。 「解呪」  符の文字が青白く発光し、青の手中で強く瞬く。 「っつ…!」  手の平を焦がすような熱に、青は目許を顰める。  毒が、強い。  片手の上にもう片手を重ね、気を手元に集中させた。  光を握りつぶすと、掌中で符が燃え落ちる音。そっと開くと、掌を焦がす火傷と、いつもより嵩が多い黒煤が残った。 「退避させます。動かしても大丈夫でしょうか」  そこへ女子中士が駆け寄る。青の頷きを見て、意識の無い准士の上半身と下半身それぞれを持ちあげた。 「玄野准士……」  准士が手当されている様子にキョウは、短く安堵の息を吐く。  大蜥蜴は残り三頭。
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