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「皮下は柔らかいって訳だな」
准士が串刺しにして仕留めた遺骸を一瞥し、アザミは地を蹴った。
「峡谷君、そこを動かないで」
キョウの前に立ちふさがり、陽乃を狙い向かってくる大蜥蜴に向けて手を翳した。
「地神…」
目を瞑り、一呼吸の精神統一。
「針地獄！」
刮目と共に術が発動。
襲い来る大蜥蜴の足元から、剣山のごとく鋭利な土の針数十本が突き出た。
土針が大蜥蜴一頭の腹から頭部にかけてをまともに貫く。蜥蜴は串刺しにされたまま動かなくなった。
「即死なら自爆はしないらしい」
アザミの怜悧な瞳は、始終揺らぐことがない。
「お見事です、先輩」
「残り二匹なら、いけるか？」
大蜥蜴が丸太のような尾をしならせ、土の針山を薙ぎ崩した。仲間の死骸を踏みつけ尚、陽乃を狙い二頭が同時に飛び掛かる。
アザミの目配せに頷いたキョウは、
「失礼を」
陽乃をアザミに押し付けた。
「峡谷様？！」
不満げな姫の声を背中で聞き流し、
「炎神…」
キョウは自由になった両手に意識を集中させる。
「煉獄柱！」
その場にいる面々の誰もの視界が、獄炎に覆われた。
炎が二頭の大蜥蜴を巻き込んで柱となって立ち昇る。
瞬時、炎の中でのたうつ黒い影が揺れ、キョウの両手が強く握られると同時に紅蓮が燐火の色―青へ変わった。
凄まじい術力、文字通りの強火力だ。
「凄…」
離れた場所で准士の手当をしている青ですら、皮膚に炙るような熱を感じるほどの火力だ。
「もういいだろう」
アザミの呼びかけに応じてキョウが手を下ろすと、瞬く間に蒼い炎柱は消失した。
残ったのは、黒く変色した一帯の土と、影絵のように焼きついた二頭分の大蜥蜴の「跡」だけ。
「すっげ」
静寂の中に、トウジュの素直な呟きが転がった。
渓谷の道に、三頭の大蜥蜴の死体と、二頭の焦げ跡。
「はぁ…」
キョウの口から、深いため息が一つ零れた。そしてすぐに踵を返し、毒術師二人の手当を受ける准士の元へ駆け寄る。
「玄野准士の様態は」
「死ぬ事は…ない」
朱鷺の診断にキョウは再び「良かった、本当に…」と深い息を吐く。心からの安堵の吐息だ。
「けど…任務続行は…厳しいわ」
朱鷺の進言を受け、
「先輩、この後の事を―」
キョウは先輩上士のアザミを振り返る。
そこへ、
「峡谷様！」
アザミの腕を振りほどき、陽乃がキョウの元へ駆け寄った。
「恐ろしゅうございました…」
とさめざめした声で、キョウの腕に抱きつく。
中士三人が「ようやるわ」という顔で姫様劇場を眺めていた。
「怖い思いをなさいましたね」
また塗り固めたような微笑で、キョウは優しく姫の背中に手を沿えた。
「峡谷さ…」
「どうぞ、こちらでしばしお休み下さい」
背中をやんわりと押されて受け流されて、陽乃は栗毛馬の足元に座り込む侍女の檀弓の側に押しやられる。
「先輩、救護班を呼ぶか、引き返すかですが」
面白く無さそうな顔の陽乃に背を向け、改めてキョウはアザミに向き直った。
都までの距離を考慮すれば、引き返すのも悪手ではない。が、今回は非戦闘員が二名で移動速度が制限される。
「そうだな…救護班へ式を飛ばして待つか…」
隊長のアザミが結論に至りかけたところへ、
「ダメ」
朱鷺の声が差し込んだ。
皆の視線が一斉に朱鷺へ向く。
「ここは危ない……引き返すか…とにかくここを…離れた方が…」
離れた所から「なあに？あの蝙蝠のようなお方」と訝しがる陽乃と「お嬢様…」と侍女の檀弓の困り果てたような声も聞こえた。
シューッ…
間欠泉のような強い噴射音が、風に乗って届く。
「？」
一同の口が噤まれる。
はじめの一音を皮切りに、爬虫類が器官を震わせるような音が、左右から蝉の声のごとく重なり始めた。
「…古暮、黒川中士は馬と後方を護って」
「しょ、承知！」
中士二人へ手早く指示を送り、アザミ、キョウ、トウジュ三人は武器に手をかけ、左右の藪や森へ視線を巡らせる。青も朱鷺の隣で周囲の気配を探った。
「やっぱり…呼び寄せてしまった…みたい」
朱鷺面の嘴が、谷の稜線をなぞるように揺れた。
谷を吹き抜ける風に乗って、呼吸とも鳴き声ともつかない空気音の合唱が確実に近づいてくる。
「シユウ君。数、分かる…？」
「たくさん、という事だけは」
青の苦笑いへ、朱鷺の面が「私も」と頷いた。
「来たぞ、構えろ！」
アザミの警告。
朱鷺の予測通り、それは現れた。
道の先、背後、片脇の藪から緑がかった表皮に覆われた四つ足の生物達が、姿を現し始める。
「また大蜥蜴か」
アザミの呟き。
毒の大蜥蜴よりは小ぶりだが、それでも胴だけで若牛ほどの大きさと太さがあり、加えて胴より長い剃刀のような尾を持っている。そして何より、数が多い。
「こいつらの唾液は痺れ毒です。吐き出してくる事もあるので注意を。それから尾の鱗が攻撃時に剃刀形に変化します」
「了解！」
「助かる」
青の助言に、トウジュが威勢の良い声を返し、上士二人も頷いた。
かつて蟲之区で、体よりも大きな図鑑を貪り読んで諳んじていた内容が役に立った。
「峡谷君は東側と北側、榊君は後ろを頼む」
「承知！」
アザミが手早く指示を出す。
「峡谷上士、ちょっと」
飛び出そうとするキョウの背中を、朱鷺が呼び止めた。
「朱鷺一師？」
肩越しに振り向いたキョウの目に、外套から出した手を眼前に掲げる朱鷺の姿が映る。
「一師？」
隣に立つ青も、疑問符を浮かべた。
朱鷺の指先には、小さな小瓶。
短い試験管状の薬品入れだ。
「シユウ君…よく、見ていて…」
短く呟くと、器用に指先で硝子管の蓋を弾いた。
「水神…玉（ぎょく）」
唱えに応じて硝子管を満たす液体が重力に逆らって管の外へ吹き出し、空中で拳大の玉となる。
「長蛇」
続けて二つ目の術が発動。
朱鷺の掌から現れた水流が、巨大な蛇となって宙空に輪を描いたかと思うと、球状の液体を呑み込んだ。透明度の高かった水流が、苔むした色へ瞬くうちに変色する。
「あの色は…術と毒薬が混ざった…？」
「行っておいで…」
前方へ軽く振られた朱鷺の手に応じて濃緑の水が、東側の藪から姿を現した大蜥蜴の群れを目掛けて放流された。
濁流が広範囲に渡って降り注ぐ。
「水が…！」
群れを呑み込んだ濁水は強い粘着状の半液体へと変質。大蜥蜴らを包みこんで動きを鈍らせた。
「なるほど、お見事」
にっ、とほくそ笑んでキョウは前へ出た。
「雷神、轟雷！」
両掌に発生させた雷術を、低い姿勢から前方へ放つ。
蒼い電流が鞭のごとく光速で地を疾走り、強粘着の濁水が雷を導電し液体を浴びた全ての大蜥蜴へ通電。
ゴボゴボと激しく煮立つ毒液に包まれたまま、十数頭の大蜥蜴が一斉に炭化した。
簡易な水術が、朱鷺が毒の一手を加えた事によって効力が幾倍にも増加したのだ。
「よし！」
珍しく吠え声をあげたキョウが、拳を握った。
「うわ…すごい！」
戦いの最中である事を忘れ、青も感嘆の声をあげる。
両拳を握って身を乗り出し、覆面の上からでもはしゃいでいる様子が、隣にいる朱鷺には伝わった。
「はい…シユウ君も」
「え」
そんな青の手元へ、朱鷺が新たな薬瓶を押し付ける。
「…やって…みて」
「え」
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