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〜綴〜
収録終わり、井波はトイレに行き、俺はそのまま控室に戻ろうとしていた。
入り口の前で、さっきまで営業スマイルに徹していた仲居由紀恵さんが女の顔をして立っている。
「どうも…お疲れ様でした」
ペコリと頭を下げて軽く髪をかきあげる。
仲居さんはうっとりした視線を向けて俺の方へ歩み寄ってきた。
「お疲れ様でした!ぁ…あのっ!如月さん!こ、コレ!」
胸元に小さな紙切れを押し付けられる。彼女はその指先に力を込めた。
紙切れだけを引き抜きたいが、俺の身体と彼女の指先に押し付けられ、紙切れは取れそうもなく、仕方ないので彼女の指先ごと身体から引き離した。
手を握る形になったのは不本意だ。
紙にはアドレスと番号が書かれている。
彼女を見下ろすと頬を赤らめ、うっとりしたまま俺を見上げ呟いた。
「いつでも呼んでください…」
その真意はすぐにわかった。
豊満な胸の谷間に俺の手を押し付け「待ってます」と呟くから。
俺は無表情のまま「また番組で宜しくお願いします」と低い声で呟いた。
彼女はそっと俺の手を離し、紙切れを俺のジャケットのポケットに押し込んでゆっくり立ち去った。
ポケットに手を入れるとクシャッと歪んだ桜色のメモが出て来る。
小さなため息を吐くと、後ろに気配を感じた。
バッと勢いよく振り返ると、井波が腕組みして立っていた。
やましい事はないんだけど、手にしていた桜色のメモをグシャッと握る。
「ちっ違うよ?」
「…何が」
「えっ…だ、だから…」
「早く中に入れよ」
控室に先に入っていく井波。俺はメモをその辺に捨てるわけにもいかず、ジャケットのポケットにもう一度押し込んだ。
「…井波?」
「…何ビクビクしてんだよ。色仕掛けなんて今更だろ」
井波の言葉は正しい。だけどちょっと寂しいのも事実。
「…俺が口説かれるの…慣れちゃった?」
意地悪をしたくなる。
好きの量を量りたくなる。
自分の幼さ故に…。
「…慣れちゃ悪いか?おまえを好きになる奴なんて気にしてたら」
グッと井波の口を手のひらで押さえた。
「気にしてよ…俺が一番だろって言ってよ…井波…」
口を塞がれたままの井波は俺から逃げるように目を伏せた。
頼りなく
気持ちは
揺れて
沈んでいく
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