71人が本棚に入れています
本棚に追加
2
2
〜綴〜
ちょっと前から俺が頭痛がする事はメンバーも知っていた。特に井波には自分から話した事もある。
元々人間嫌いではあったけど、近頃届く世間の声やファンからの縋るようなファンレターに精神的に何かが擦り切れていく感覚があった。
デビューが決まってから、ボーカルである俺は他のメンバーより、いろんな場所に借り出される事が増えていた。
本来なら凪野が担当していたような事でさえ、今では俺が表に立つ事になっている。
2日前は街頭に出る広告写真の撮影で、何故か俺一人の写真を使うと事務所から連絡があったんだ。本当は覚えていた。新宿にある撮影スタジオが用意されてる事も承知していた。
そもそも記憶を無くす程飲むのは、近頃じゃウォッカを煽り無理矢理眠る時くらいだから。
でも、身体が拒否する事がある。まだまだデビュー準備だと言うのに、人の念に絡みつかれて息苦しさで逃げ出したい事が多かった。
「一回病院行けよ」
井波の言葉に驚く。
「病院?」
「心療内科っつーの?如月さ、顔つき、ちょっとヤバい時あるよ」
井波の言葉に、背もたれから起き上がり頰を撫でた。
「心療…内科…」
呟いたら、ちょっと怖くなって、苦笑いしながら手をヒラヒラさせた。
「ないない…そんな、大した事じゃないよ、疲れてるだけだって。」
井波はチラッと俺を見て、何も言わなかった。
「おっはよ〜!」
「おはよー」
「うぃ〜っす」
暫くしたら、会議室に凪野、舟木、鮫島さんが入って来た。
井波が凪野の頭をこつくようにして「おせぇんだよ」と怒っている。
「ハハ、ごめんごめん!道が混んでたんだよ!」
井波に謝りながら、凪野は俺をチラッと見るとニッコリ笑った。
「ヘラヘラすんなっ」
井波がそれを見てまた怒る。ヘッドロックされそうになるのを回避した凪野は、俺の隣に座り助けを求め抱きついてくる。
「つづちゃん!助けてっ!」
「アハハ、井波、もう勘弁してやりなよ。いつも俺達のが遅いし」
「そーだそーだ」
「テメッ凪野っ!」
凪野が煽ったせいで井波がまたキレた。会議室で追いかけっこが始まる。まぁまぁ、この二人の上下関係は今に始まった事ではない。
井波は凪野に厳しいんだ。
反対の空いた席に舟木と鮫島さんが腰を下ろした。
「つづ、顔色悪いぞ、大丈夫か?」
鮫島さんに言われて、また苦笑いが漏れる。
「大丈夫。ちょっと飲み過ぎだよね、最近」
そういってかわしたら、舟木が冷たい缶コーヒーを手渡してくれた。
「つづちゃん、あげる。俺、さっき下で一本飲んだから」
舟木は分かりやすい嘘をついて、俺を労った。
「ありがとう、舟木」
「うん」
舟木は柔らかく微笑む。
メンバーは全員地元の連れで、構えるところがなくて和む。
病院になんて行かなくたって…みんなが居れば…俺は大丈夫だ。
最初のコメントを投稿しよう!