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72 〜宝〜 ツアーの準備は着々と進んでいた。 ツアーグッズを作ったり、宣伝の為にラジオやテレビに引っ張りだこだ。 忙しい中でも、NOT-FOUNDの酒好きは健在。 一仕事終わるたびに行きつけのBARや居酒屋でいつの間にか五人揃っている。 朝方まで飲むのはいつもの事で、度々如月は翌日の仕事に寝坊する。 時には寝ないままテレビに出たりする。 深夜というより、もう朝になろうかという時間に、如月はスタイリストの山路さんに電話したりも。 「もしもし〜山路さん?今から飲もうよ〜」 俺は隣で山路さんもこんな時間によく電話にでるもんだと感心する。 「もう5時だよ?」 電話から山路さんの困った声が漏れてくる。 「何言ってんの!山路さんのお嫁さん候補がね!沢山いるんだよ!待ってるから来てよ!」 「えぇ〜、全くもう…分かったよ」 あーぁ…みんな如月には甘い。普段こんな風に絡まないから如月の酔ってる時のスキンシップはみんな少し嬉しいようだった。 2、30分もしたら、山路さんが現れた。 「わー!来た来た!山路さんこっち!」 「つづ〜、分かってたけどさぁ〜、女の子なんか一人も居ないじゃん!」 はぁ…っと脱力する山路さん。 「如月、山路さんと飲むの好きなんだよ」 俺が耳打ちすると、山路さんは満更でもない顔をしながら、それでも苦笑いして言った。 「良いのよ?呼んでくれても!たださぁ、何でこの時間なんだよ」 「ヒャヒャヒャ!そりゃ、如月にしかわからんね」 俺はダーツを的に向かって投げながら笑った。 「山路さぁ〜ん!」 如月が山路さんを呼ぶ。 「はいはーい!」 俺はダーツで遊びながら、如月が楽しそうにするのをみていた。 普段綺麗に整い過ぎた顔がおっかない如月が、無邪気に笑うと、周りの人間は特別な喜びを感じるようだった。 みんな、如月を笑わそうと頑張ったりする。 時には真っ裸になって、カラオケしたりした。 馬鹿騒ぎ。酒のシャワー。至福の夜。  そんなリラックスした日が続いて…。 いよいよ、明日からツアーが始まる。 ツアーに出ると思い出すボロボロの機材車NOT-FOUND号。高速でのガス欠に苦しんだ時代から、今やバカデカいトランポに変わった。側面には五人のアー写がバッチリ貼り付けてある。 トランポの中には当時からじゃ考えられない機材の数がひしめいていた。 会場に到着するなり、凪野はご当地的な場所を散策しにカメラを片手に楽屋を出て行った。 鮫島さんは相変わらずクリックとお友達で、舟木は水のペットボトル片手にソファーで眠っている。相変わらず一番のマイペースだ。俺は山路さんと散々ミーティングして作った衣装に袖を通して、最終チェックに入っていた。 「どう?キャンディースリーブの長さは邪魔にならない?」 「ちょうどいいよ。」 「ピエロっぽい衣装、ほんと好きだよね?」 「ギターなんてピエロっしょ?楽しませて、楽しんで。」 白と黒のダイヤ柄、ラフカラー、トンガリ靴。今回はかなり衣装に力を入れたから、髪は金髪のままにした。 「あれ?如月は?」 山路さんが辺りをキョロキョロする。 「あぁ…如月ならステージか客席にいるよ」 ラフカラーの位置を気にしながら、如月を思った。 ちょっと神経質なぐらいに客席をゆっくり歩いて回るのが見える。ゆっくり、ゆっくりだ。 どの場所からステージがどう見えるのかを頭に叩き込んで、それから、ステージに戻り、照明の加減やスクリーンの映像を確認する。 日を追うごとに如月はコンサートというものに取り憑かれたようになっていく。 それは悪い事ではない。 完璧に近いステージングで挑みたいという如月のプロ意識だから。 俺はその点、楽観的だった。何曲かのリハでギターの音を合わせて、テルミンの調子を見るぐらい。 コンサートは生物だからこそ面白い。それが俺の考えだった。
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