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〜綴〜
「そっち!もうちょい右!その辺に!ギリ画角入るわ!オッケー」
セットの小道具で使う燭台がアンティークのテーブルに置かれる。
幾度も使ってきた蝋燭は不気味に溶けてゴシックの世界に色をつけた。
客席には一席ずつ広告やアンケートが置かれていて、その椅子の間をゆっくり歩きながらステージを眺めた。
あの柱…この席からは邪魔だなぁ
こっちはスクリーンが平面で見にくいんだな
次はちょっと湾曲した物か、サイドからも見やすい工夫がいるよな…
ブツブツ呟きながらステージを隈なく歩いて回る。近頃のコンサートではこれがルーティンになっている。
現場の総指揮監督に希望を伝えて、楽屋に戻った。
最近は俺だけ個室を用意してもらってる。
ストレッチと瞑想がしたいからだ。
メンバーが揃う大部屋にも勿論顔は出すけど、自分のコンディションを整えてからだった。
今だに状態が良くない日は、最後まで声が出ない事がある。それが嫌で、喉の痛み消しにウォッカなんかを瓶ごとラッパ飲みで煽る日があった。喉が麻痺して、掠れるような痛みを感じなくなったら、がなるように声を押し出す。こんなやり方でお客さんの前に出るのは申し訳ないと感じながらも、声が出なくなるよりずっとマシだと思っていた。
ステージの上は、生きてていい場所。
ステージの上は、井波が居る場所。
ステージの上は、愛されている俺が居る場所。
だから、この声の限り、俺は許される。
あの光の下ならば、俺は許されて生きていける。
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