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〜綴〜
ツアー初日の打ち上げはいつもより盛り上がる。
誰も彼も興奮冷めやらず、ワイワイと話題が尽きない。
いつもなら隅に移動して、そんな盛り上がりを眺めながら酒を飲むんだけど、初日はそういうわけにもいかない。メンバーは、全員誰かしらに捕まって今日のコンサートのあれこれを聞かされるのだ。
「如月っ」
俺が捕まったのはサンミュージックのサワキタさん。俺達を初めて価値があると買ってくれた人と言ってもいい。
「サワキタさん!来てくれたんだ」
「NOT-FOUNDのツアー初日だぞ?来ないわけないじゃないか。いやぁ〜!良かった!」
「本当に?アハ、良かった。」
「声の出方がどんどん良くなる。やりたい事が見えてきてる証拠だな」
「うん、そうかなぁ。まだ自分じゃ、フワフワしちゃってるけど…こうなりたいってのは見えつつあるのかも知れない」
「ボーカルなんて、所詮孤独なポジションだからな。追い詰められず如何に逃げながら歌うかにかかってる。」
サワキタさんの言葉にハッとした。
それは、ずっと思ってきた事だったからだ。
楽器隊と違って、コンディションの悪さは顕著にコンサートに反映される。それが、苦しいんだ。
己の力量不足を叩きつけられる。喉は焼けて、声は掠れて、肉を割く痛みが襲う。
それでも、戦えるのは俺一人。
寂しいとも、悲しいとも、悔しいとも思った事はある。
だけど…俺はここが好き過ぎる。
「如何に逃げながら…ですね」
苦笑いすると、サワキタさんは俺の肩をバンバン叩いて、笑った。
「パクパクとな、息の出来ない魚みたいになっちゃいけない。上手く泳いでくれ。俺は楽しみにしてるから」
「上手く…出来ますか?俺」
「出来るさぁ!如月が出来なきゃ嘘だね。井波みたいな変人に見込まれたボーカリストだぞ?そんなやわじゃないはずだ。」
ケラケラ笑いながらサワキタさんはグイグイビールを飲む。
つられるようにして、グラスのバーボンはみるみるうちに無くなった。
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