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78 〜宝〜 長い打ち上げが終わったのは翌朝。 大きな会場から次第に小さな居酒屋を転々として、朝までやっている店を渡り歩き今に至る。 「井波くんっ!井波くんっ!大丈夫?!」 完全に動かなくなった俺を凪野が揺さぶる。 ガクンと肘がテーブルから落ちてようやく正気に戻る。 「…如月は?」 「つづちゃん?いろんな人から引っ張りだこだったからなぁ」 凪野が辺りをキョロキョロと如月を探す。 舟木が黙って奥を指差した。 その指の先を目で追う。 如月は顔色一つ変えずにまだグラスのアルコールを楽しんでいた。隣にはお気に入りの山路さんが居る。 山路さんはいつ呼び出しても仕方ないなぁと言って大体は飲みの誘いを断らない。 俺達全員の衣装を生地選びから全部まかなってくれる大切な人だ。 他にも舞台演出の人や、秋田さんみたいにジャケットデザインを任す人、俺達NOT-FOUNDを支えてくれる人は固定になりつつあった。 みんな如月に惚れている。側に居たいと思わせる何かがある奴で、それはつまりカリスマってことなんだろう。 「あっ!井波っ!起きたな!もう俺一回帰るから!如月のこと宜しくね!」 視線に気づいた山路さんが、俺のところに来て肩を叩き店を出て行った。 「つづちゃん、相変わらず止まんないね」 凪野が苦笑いする。 「あぁ…あれは、ちょっと頭がバカになってんだ。アル中なんだよ」 「お〜いっ、悪口聞こえてるぞ!」 如月は席を立ち、こちらに歩いてきた。 流石に少しは酔っているのか、フニャリと笑ったかと思ったら、携帯画面を突きつけてきた。 「なっ!!これいつ撮ったんだよっ!」 如月の携帯の待ち受けには俺が猫のように丸くなって一眠りしている写真があった。 「フフ…可愛いだろ?…丸くなって…」 ニヤニヤ笑いながら画面を見つめる如月。その手から携帯を奪いとった。 「ぅわっ!何?返してよ」 「消せよ!恥ずかしい!」 設定操作から簡単にそれを消し去ると、如月はがっかりした表情で携帯に視線を落とした。 「つづちゃん泣きそうだよ?」 凪野が心配そうに俺に耳打ちしてくる。 「大丈夫だよ!」 「…あ〜ぁ…」 本当に落ち込んでる… 「そろそろホテル帰ろうぜ」 俺が如月にそういうと、辺りを見渡してすっかり人数が減った事を理解して頷いた。 最後まで一緒だったのは、いつもの面子。 プロデューサーの田中さんと、サワキタさん、音と声の市野さん、さっき帰った山路さんだ。 タクシーにバラけて乗り込み、俺と如月は二人でホテルへ向かった。 「…喋んないじゃん」 何となく問いかけると、如月は少し不貞腐れた様子で「別に…」と呟いた。 「さっきの?怒ってるのか?」 「怒ってないよ」 「怒ってるじゃん」 「…だってプライベートの写真なんて…あんまりないじゃん…」 俺は小さく息を吐いた。 「…本物じゃ不満なのかよ」 流れる景色は冷える朝の澄んだ空気を感じる。 如月は黙っていた。
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