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81 〜綴〜 長いツアーは、俺達NOT-FOUNDを大きくしていった。 各会場でのチケットは毎回sold outを叩き出し、良い意味では世界が広まり、悪い意味では、世界が小さくなったようにも感じた。 チーさんが、ホテルにメンバーが頼んだ買い出しの品を届けて回る。世界が小さくなったとはこの事だ。人気が故に外を歩けない。 井波の部屋をスルーして、俺の部屋に二人分の頼まれ物が届く。 「チーさん、ごめんね、重かったよね」 「重いなんてもんじゃないよ〜、こんなに瓶を担いで歩くなんて、最早奴隷の域だからね!」 プリプリ怒るチーさんは肩に担いでいたバックをソファーにおろした。 ガチャンと瓶と瓶がぶつかる音がする。 「バーボンだけじゃダメなの?」 「バーボンはダラダラ飲むの。ウォッカはもう気絶させる為だよ」 井波がベッドであぐらをかきながらギターを鳴らしてそう言った。 チーさんは眉間に皺を寄せて口を開けたまま俺を見た。 俺は肩を竦めて見せる。 「如月ぃ…あんまり飲み過ぎないでよ?ボーカルなんだから…」 「ごめんね、眠れないんだ。大丈夫。それに、コンサート前はコレ流し込んだら喉の痛みが麻痺するからね…声は逆によく出るんだよ」 「そういう自虐的なやり方を辞めてくれって言ってるんだ」 「わぁ、俺チーさんに叱られてる?」 クスクスと笑いながら、二つのグラスにロックでバーボンを注いでチーさんに片方を手渡した。 「怒らないで。ちゃんとやるから」 カンとグラスをぶつけて一方的に乾杯するとそれを煽って飲み干した。 チーさんは脱力したようにソファーに座り込む。 井波は相変わらず咥えタバコにギターを鳴らして、開いたノートパソコンに時折何かを打ち込んでいる。 チーさんはその様子を見て苦笑いした。 「何?」 隣に座り顔を覗き込むと、チーさんはグラスをグイッと煽り、苦笑いして呟いた。 「何だか二人を見てると昔観たシドアンドナンシーのインタビュー思い出すんだよ。」 「…薬はやってないよ」 上目遣いに返すと、チーさんは更に苦笑いして頭を左右に振った。 「違う違う…なんか…引き離したら大変な事になりそうな…まぁ、あれか、良い雰囲気って事なのかもね」 膝に手をつき立ち上がると、井波に向けて言った。 「新曲も出来てきてるみたいだし…あとは二人であんまり外出ない事。井波、頼んだよ」 「ぇ…あ…俺?…まぁ…大丈夫っしょ…」 チーさんは井波をじっとみて言った。 「世界はね、人気とともに、時に狭くなるんだ。気をつけて」 俺はソファーでグラスの氷を眺めている。 井波はジャーンとダウンでコードを鳴らし、消えそうな声で「分かってるよ」と呟いた。
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