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〜宝〜
ツアーは続く。数日の休みを置いて、街から街へ。まるでパレードをするサーカス団のようだ。
長い長いツアーはハプニングの連続で、ある街では如月がはける方向の上手と下手を間違えたり、歌詞がぶっ飛んで苦笑いしながらMCで謝罪したり、鮫島さんのドラムが珍しく走った日や、俺の衣装のブーツのヒールが高すぎて、足を振り上げたらすっ転んだ日、凪野のベースが鳴らなくなって、次に舟木のギター、まさかの俺のギターまで鳴らなくなって…。
あの日の如月のアカペラは、めちゃくちゃ幻想的だった。
アカペラする前、確か「俺は口下手なんだよ」とか言ってブツブツMCで文句を言ってたな。
ご当地グルメなんかも打ち上げじゃお決まりで、この地域に行ったらこの店だなって言うのも決まったりして面白かった。
打ち上げで五人一緒にいる以外はホテルから出なかった。
世界は時に狭くなる。
ガラス張りの高層階ホテルから見る景色は、果てしなく広い気がしたけど、俺と如月にはこの小さな部屋が世界の全てだった。
ソファーでくつろぐ如月がグラスの氷を鳴らしながら呟いた。
「ツアーが終わったら、すぐ年末だね」
「…武道館…だな」
「うん…毎年出来ると良いね」
「イベンターさんが持ってる12月29日に?」
「フフ…そうそう。クリスマスでも大晦日でもないのが、俺達らしくていいじゃん」
「毎年…良いね」
「うん…良い」
如月は遠くを見つめ微笑んだ。
美しい横顔をベッドから眺める。
明日のLIVEは地元のホールで、凪野や舟木、鮫島さんは実家に帰っている。
俺もばあちゃんの顔を見に一度は帰宅したけど、もう東京にしか家のない如月が心配ですぐにホテルへ戻ってきた。
「そうだ…明日、次へ行く前に…墓参り行こうぜ」
ギタースタンドからギターを手にして、ベッドに座り直す。コードを鳴らしてから、顔をあげて如月を見た。
「暫くまた来ないだろ」
「…母さん、ここのホールでLIVE見たがってたんだ…」
「…だろうな。田舎だし…ここでやれたら、ステイタスっつーか…自慢だよな…」
「俺、悪い事ばっかしてたし、自慢出来るような事何にもなかったから…自慢…させてやりたかったな」
如月はロックグラスの中の琥珀色を眺めて、また情けなく笑った。
「いーじゃん」
「え?」
「今からでも、自慢させてやりゃいいっつってんの」
如月がびっくりした顔をして髪を掻き上げる。
「…ハハ…ほんっとに井波は…」
「何だよ」
「…眩しい」
「人を照明みたいに言うな」
「フフ…そうだね…今からでも…まだ…」
まだ…何だってしてやれるさ。
口に出さないまま、ギターを鳴らした。
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