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〜綴〜
楽屋で新垣ちゃんが相変わらずのボロボロコンバースにアフロヘアを揺らしながら俺のアイラインを引いていく。
「新垣ちゃん…今日はね、特別に綺麗にしてね」
「え!?…いつもべらぼうに綺麗ですよ!」
「アハハ、違う違う、新垣ちゃんの腕で、俺を一番にして欲しいのよ」
キョトンとした顔の新垣ちゃんに、後ろでヘアメイクしていた井波が鏡を見ながら言った。
「ソイツの大事な人が来てるから…新垣ちゃん頑張ってやってよ」
「っ!…こ、恋人ですか?」
新垣ちゃんは生唾を飲み込むように聞いてくる。その顔がまたおかしかった。そして、それを聞いた井波もギクッと肩を揺らしたのを俺は見逃さなかったし、笑いを堪えるのが大変だった。
「恋人より大切な人だよ。」
井波がそう言うと、新垣ちゃんは俺の目を見て微笑んだ。
「じゃあ…今日の口紅は真紅でいきます!真っ赤にします!黒い衣装に、良く映えますよ…」
「良いね」
「はいっ!」
「あ…」
「な、なんですか?」
「井波はさ、さっき恋人より大切な人って言ったけど…それは少し違うかなって」
「如月っ!」
俺は焦る井波をジッと見つめながら呟いた。
「恋人は…俺の光だからね…その人とは比べられないんだよ」
井波は俺を睨みつけてフイと鏡に向きなおってしまった。
新垣ちゃんは困惑した様子で、井波と俺を交互に見つめた。
「新垣ちゃん、頼むね」
「はっはいっ!」
黒く長い髪、黒いレースの立ち襟シャツにタイ、シルクハットに、銀の杖。
唇は愛を喰った後のように真っ赤に塗って武装された。
キャーっと耳が割れそうな歓声。
地元で一番大きなホールでコンサートだ。
母さんが居る気配がする。
不思議な感覚だった。
「綴ーっっ!!」
「キャー!つづー!!」
ボウ・アンド・スクレープに始まり、シルクハットを被り直す。
マイクを握り呟く。
「Mom’s here 」
そして叫んだ。
「I love …I love ッmy mother ッ!!愛してるくれるかいっ!!!」
鮫島さんのドラムが弾けるようになり、井波のギターが天に伸びるように爆音を上げた。
井波が作ったLOVE is LOVE
♪
パンタグラフの火花
朝霧の憂鬱
キスの後の甘さ
通りの神秘
憂愁の絵画
不安なの?いつも?
おまえを待っている
闇は晴れ 光のはしご
七色のガラス窓
星屑の夜空泳げば
一つになろう
LOVE is LOVE
怖くはない
LOVE is LOVE
♪
客席の手が左右に揺れて、熱を伝え合う。
明るめの疾走感あるナンバーは会場を一気に熱くした。
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