年の差以外に身長差もあったのね……

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年の差以外に身長差もあったのね……

 リリアは渾身の力をこめ暴れる。縛られた手や足が強い力で引っ張られ悲鳴をあげるが、そんな事に構っていられる余裕はない。  半狂乱のリリアの様子に慌てたカインが、手足の拘束を急ぎ解き、彼女を抱きしめた。  いまだに涙を流し、視線を彷徨わせるリリアの背をカインが優しくさすりながら言い聞かせる。 「リリア、落ち着いて。貴方の嫌がる事はもうしないから」  未だ暗い目をして泣き続けるリリアが、うわ言のように呟く。 「カイン様は、わたくし以外も抱けるの……。そんなの嫌ぁ………」 『いやよ、いやよ……』と放心状態のリリアの顔をカインは両手で包み、目と目を合わせる。 「リリア、私の目を見て。貴方が執務室に入って来た時から、怪しい侍従はリリアだと気づいていたんだ。男装してまで入って来たリリアに不信感を抱いてしまったんだ」 「……不信感?」 「あぁ。リリアは、どうして男装してまで執務室に来たんだ? 変装してまで探りたい情報でもあるのかとね。私は、リリアの裏切りを疑ってしまった」 「裏切り……、どうして……」 「リリア、君には私以外に愛する人がいるのではないのか?」 「愛する人……、えっ?」  放心状態だったリリアの瞳に光が戻り、カインの言葉が頭をめぐる。そして、カインの言葉を正確に理解した瞬間、リリアはあまりの驚きに叫んでいた。 「えぇぇぇ、あぁぁ、うそぉ。愛する人……、えっ……、なんで……」 「近衛騎士団の中に、秘密の恋人がいるのではないのか!?」 「はっ……、秘密の恋人? えっ……」 「その恋人に、スパイになるように強要されているのではないのか? 私の秘密を探れとか、弱味を握れとか……」 「……スパイ!? はっ?」  カインとの会話が噛み合わず、リリアの頭の中は、ますます混乱していく。 「リリア、正直に話してくれ。今なら、君を助けてあげられる。君がその男ときっぱり手を切ると約束してくれるなら、私がどうにかする。だから――――」 「――――ちょ、ちょ、ちょっと、待ってください! 秘密の恋人がいる? スパイ? どうしたら、そんな誤解が生まれるんですか!?」 「えっ……、誤解なのか?」 「はい。私には、秘密の恋人なんていません!」 「嘘をつくな。では、なぜ毎日のように近衛騎士団の練習場に通っている!?」 「いやぁ……、それは……」  カインからの鋭い突っ込みに、リリアは押し黙る。  男同士の熱い戦い(色んな意味での)見たさに、通っていたなんて、絶対に言えない。  あの趣味がバレたら、私の人生終わりよぉ。  一人脳内突っ込みを繰り広げていたリリアは、カインの瞳が暗く濁っていくのに気づかない。胡乱な目をリリアへと投げるカインの視線が鋭さを増していく。 「……やはり、愛する男がいるのだな」 「えっ!? 違います。そんな男、いませんから!」  疑心暗鬼に囚われたカインの心にリリアの言葉は届かない。リリアを押しのけベッドから離れたカインは、寝室の続き扉へと手をかけた。  その扉の先はリリアの私室へと続いている。ドアノブをひねり『ガチャ』と開かれた自室への扉を見つめリリアの頭に嫌な予感がよぎる。  強い決意を宿した目をしてリリアの私室へと入っていくカインを見て、リリアは慌てて彼の後を追う。そして、部屋へと入り見た光景に血の気がひいた。  あぁぁ、そこはダメぇぇぇ!!  机の引き出しに手をかけたカインにリリアの心の叫びは届かない。カインは、追いすがるリリアを無視し、引き出しを開けてしまう。そして、リリアの大切な妄想ノートを手にとってしまった。  リリアは、ノートを取り返そうと手を伸ばすが届かない。  なんで、そんなに身長が高いのよぉ!!  背の低いリリアでは、奪われまいと高く手を挙げたカインからノートを取り返すことは出来ない。  数分間の攻防の末、とうとうノカインにノートの中身を見られてしまった。 「――――っ、何なんだ!? これは!」  顔が赤くなったり青くなったりしているカインの手が震えている。  あぁぁ、一番マズイ濡れ場のシーンを見られてしまったのね。  リリアは、その場に崩折れた。 「リリア、これはどういう事なのか説明してもらいましょうか?」  リリアを見下ろすカインと目が合う。黒いオーラをまとったカインの笑みに、恐怖でリリアの身体が震えあがる。  絶対絶命の大ピンチ。って言うか、私の人生、終わったわね……  リリアは諦めにも似た思いを抱えゆっくりと立ち上がると、カインと向き合った。 「カイン様、今まで隠しておりまして本当に申し訳ありません。このノートは、わたくしの昔からの趣味の産物でして……」 「……リリアの趣味と言うのは、その……、男同士の恋愛を題材に小説を書くことなのか?」 「はい……」  静けさに包まれた部屋に重苦しい沈黙が流れる。 「では、近衛騎士団の練習場に通いつめていたのは、その趣味のためなのか?」 「……はい。その通りでございます。実際に観たものから着想を得た方が、リアリティがございますので」 「では、侍従の格好をして執務室に現れたのも」 「はい。カイン様とハインツ様を主役にした物語を書きたいと思いまして」  全て話してしまった。これで終わりね…… 「カイン様……、わたくし、いつ頃までに荷物をまとめて出て行けばよろしいでしょうか? 今日中は難しいので、出来れば明日以降にして頂けると助かるのですが」 「――はっ? リリアは何を言っているんだい?」  後悔の念をにじませ俯くリリアの耳にカインの素っ屯きょんな声が聴こえ、ふり仰げば目が点になっているカインと目が合う。 「えっ!? わたくし離縁されるのではないのですか?」 「……誰が、離縁すると言った?」 「だって、カイン様……、男同士の恋愛を書くのが趣味の女なんて、気持ち悪いと思いますでしょう」 「まぁ、私を題材に書くのは止めて欲しいと思うが、たかだかそんな趣味程度でリリアを嫌いになるほど、心は狭くないが。どちらかと言うと、趣味のために練習場へ通っていたと分かり安心した。てっきりリリアには、忘れられない恋人が騎士団にいるのではと思っていたから」 「はぁぁ、忘れられない恋人って何ですか? そんなもの後にも先にもいませんけど。わたくしにとっての初恋はカイン様ですもの」 「――――えぇ!!!!」  リリアの思いがけない告白を聞き、カインが大絶叫する。 「ま、ま、待てリリア。初恋が私? では、何故あんなに素っ気ない態度だったんだ。結婚する前もしてからも、そんな雰囲気いっさい無かったぞ!」 「えっ……、素っ気ない態度? なんですかそれ。初夜を放棄したのはカイン様ではないですか! わたくしは、初夜すら放棄されるほど魅力がないのかと泣きましたのに。子供体型のわたくしは、成人していると言うのに、いつまでも子供扱い。わたくしと結婚したのも義務からで、本当はナイスバディな令嬢が良かったのかと……、だから抱いてもくださらないと思っておりました。ですので、いつ離縁されてもいいように趣味に万進することに決めたのです!!」  今までの惨めな想いを思い出し、リリアはとうとう耐え切れず泣き出してしまった。床へと突っ伏し泣くリリアの肩をカインが引き寄せ抱きしめる。 「リリア、泣かないでくれ。君に泣かれるとつらい……。私は、決してリリアがいうナイスバディな令嬢が良かったとは思わない。リリアと婚約したのも、私がどうしてもリリアと結婚したかったからだ」  泣き続けるリリアをカインが強く抱きしめる。 「王族の権力を使ってリリアと婚約した私は、リリアから愛されている自信がなかった。リリアとは十歳も年が離れているだろう。不本意な結婚を強いられたリリアに無理強いは出来ない。初夜に貴方の貞操を奪うことだけはしまいと誓った。結婚して、少しずつ距離を縮め、私の事を愛してくれるようになるまで待つつもりだった。その事が、リリアを不安にさせてしまったんだね」 『すまなかった』と紡がれたカインの言葉に、リリアの心が震える。 「初めて練習場で会ったとき、普通の令嬢と少し違うリリアに惹かれた。会う度に、貴方の瞳に映る男は私だけであって欲しいと願った。無理やり婚約者になってからも、貴方の振る舞いや豊富な知識に感心し、どんどん惹かれていった。リリアと結婚出来る現実に舞い上がった」  真摯に紡がれるカインの言葉に、凍てついた心が溶けていく。  初夜に絶望し、閉ざした心の鍵がひらく。 「リリア、年甲斐もなく貴方に夢中なんだ。リリアの一挙手一投足に翻弄されるほどに……」  心の奥底に閉じ込めたカインへの想いがあふれ出す。 「カイン様……、わたくし何度も貴方のことを諦めようと思いましたの。いつも子供扱いするカイン様には、もっと大人で魅力的な女性、そうエリザベス様のような女性がお好みなんだと思っておりました。いつか、魅力的な側妃を迎え、私はお払い箱になるのだと。それでも、カイン様を諦めきれない私は、趣味に没頭している時だけ貴方を忘れられたの」  リリアは、カインに強く抱きつき、押し倒す。 「わたくしのこと、子供扱いしないで……」  リリアは、カインの唇に自分の唇を重ねる。 「………嫌なの。カイン様に抱かれるのはわたくしだけじゃなきゃ、絶対に嫌なのぉ」  カインの胸へと頬を寄せたリリアは、彼の腰へと回した腕に力をこめて、深く抱きつく。そんなリリアの頭を優しく撫でながら、カインがリリアの想いに応える。 「愛するリリア以外を抱くわけないじゃないか。男でも、女でも……」  カインの言葉にリリアは顔をあげる。そんなリリアの頬を両手で包んだカインの顔が近づく。  カインの瞳の中のリリアが笑う。  潤んだ瞳をしたリリアの幸せそうな笑みがカインの瞳の中に写り消える。  重なった唇と唇が深く交わり、銀糸の橋をかけ繋がる。 「リリア、私の愛する人。貴方を奪ってもいいだろうか……」  不安気な瞳が揺れる。アイスブルーの瞳を見つめ、リリアはその問いに万感の思いを込め頷いた。
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