若い男には勝てないのか【カイン視点】

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 カインとリリアの出会いは、近衛騎士団の練習が行われた数年前に遡る。あの日もたまたま時間に余裕が出来たため、興味本位でその見学会を覗いてみようと思い、カインは練習場に赴いた。  もちろん王太子であるカインは、近衛師団の練習見学会が月に一度開かれている事を知っていた。そして、その見学会が異様な盛り上がりを見せていることも。  あの日も練習場は、噂通りたくさんの人で溢れ返っていた。  近衛騎士団の練習は月に一度だけ、外部を招いた見学会のために市民の娯楽目的で造られた闘技場で行われている。闘技場を囲むように配置された観覧席の前方は、間近で騎士を見ようと躍起になる貴族令嬢や夫人でごった返し、黄色、水色、ピンク色と、色とりどりの傘の花が咲いている。  面倒ごとに巻き込まれたくないカインは、もちろん王族専用の貴賓室にこもった。  いつもにも増して気合いの入った近衛騎士の鍛錬をボーッと眺めながら、なんとはなしに観覧席へと視線を走らせると、一人の令嬢が目に入った。  遠目には誰かわからない。しかし、最前列で黄色い声援をあげている令嬢たちとは違い、観覧席の最後尾に陣取り、スケッチブック片手に一心不乱にペンを走らせている姿に興味を惹かれた。  何を書いているのだろう?  興味を惹かれたカインは貴賓室を飛び出しはやる気持ちを抑え観覧席へと向かった。その時は、なぜ名も知らぬ令嬢に、そこまで興味が湧いたのかわからなかった。しかし、この機会を逃せば、もう二度と、その令嬢とは会えないという焦燥感だけがカインを突き動かしていた。そして、令嬢の背後に立ち手元を覗きこんだ時、驚きで思わず声をかけていた。  スケッチブックには、目の前で繰り広げられる騎士同士の闘いが、実に臨場的に描かれていたのだ。  細かい筋肉の動きや鋭い眼光。飛び散る汗に、立ち上る殺気。スケッチブックに写し取られた騎士達の躍動は、まるで生きているかのように見事に描かれていた。  思わず上げた声に、名も知らぬ令嬢が振り向く。  ザッと吹いた風が彼女の赤茶色の髪を揺らし、煌めく緑色の瞳が大きく見開かれる。それを美しいと感じた一瞬、スッと立ち上がり最敬礼をとった彼女の美しい所作にカインは魅入られた。 『邪魔をしてすまない』と言ったカインに、リリアは困った笑みを浮かべていた。突然の王太子の登場に驚かない令嬢はいないだろう。しかし、王太子の側に湧く数多の令嬢とは明らかに違うリリアの態度が、カインの興味を引いた。  引き止めなければ、きっと彼女は逃げてしまう。  そして、もう二度と自分の前には現れないだろう。  そんな予感に急かされ、リリアが王太子の誘いを断れないと知りながら、隣に座るように手を差し出していた。  隣へと腰掛けスケッチブックへと視線を落とす彼女の気をこちらへと向けたくて、大人げなく様々な話題を振った。困った笑みを浮かべ相槌を打つリリアにとってカインは邪魔な存在でしかなかっただろう。しかし、始めは聞いているのかいないのか相槌を打つだけだった彼女の反応が変わっていく。徐々に言葉を返してくれるようになり、最後は二人とも会話に夢中になっていた。  一般的な令嬢とは少し違う視点を持ち、剣術や兵法、政治や市井の経済にまで詳しいリリアに、カインは己の心が満たされていくのを感じていた。その後も、時間がつけば月に一度の見学会へ行き、リリアを見つければ隣の席を確保し、話かけることを繰り返す。始めは恐縮していたリリアだったが、回を重ねるごとに素を見せてくれるようになった。  明らかに迷惑そうな顔に、話も徐々におざなりになり、最終的には席を移動する始末。令嬢に追いかけられる事が日常茶飯事のカインの目には、リリアの行動は新鮮に映った。  避けられれば避けられるほど、追いかけたくなる衝動。しばらくは、逃げたいリリアと、追いかけたいカインとの攻防が続いたが、最後には諦めたのかカインの横でリリアは大人しく座るようになった。  カインの存在がいないかのように、一心不乱に描き続けるリリア。その時、カインの中で『リリアの瞳に映る男は自分だけであって欲しい』という強い嫉妬が生まれた。  リリアの中のカインという存在が、他の男達と同等なのが許せなかった。  だから、リリアが嫌がることを承知で、マイヤー伯爵家へ婚約の打診をした。リリアを自分だけのものにするために。  始めリリアの社交界への出席が少ない事を憂慮した王妃から、婚約へ待ったがかかった。しかし、王太子の婚約者候補として出席する夜会でのリリアの立ち居振る舞いの素晴らしさに、王妃は考えを改めた。マイヤー伯爵はなぜリリアを今まで社交界へ出さなかったのかと疑問に感じるほどの社交性の高さを発揮するリリア。カインと踊るファーストダンスは完璧な上、要人や他国の貴賓客との会話も卒なくこなし、魑魅魍魎闊歩する社交界を堂々と渡り歩く。周りの評判も上々。これは、後々王となるカインにとって嬉しい誤算でもあった。  リリアと婚約してからの三年。カインなりにリリアを振り向かせるため、手をかえ品をかえアプローチしてきた。その甲斐もあり、結婚直前にはリリアからの好意も感じられていたというのに。  結婚してからのリリアの行動があまりにもおかしい。  王太子妃という立場を利用して、連日時間の許す限り近衛師団の練習場に通っているらしい。  そもそもの出会いが近衛騎士団の見学会だったのだから、たまに観に行くことはあるだろうと考えてはいた。しかし、連日通いつめているのは、どう軽く見てもおかしい。  近衛師団には、貴族の次男、三男など家督の相続権がない子息も多く所属している。つまりは、リリアと年の近い子息も多数在籍しているのだ。  やっぱり、こんなおじさんより若い奴らの方がいいのだろうか?  連日、通いつめているんだ。私と出会う前からの恋人がいる可能性も高い。  あぁぁぁ、人妻になっても忘れられず、遠くからでも会いに行きたいのだろうか?  カインの重苦しいため息が執務室にこだまする。 「はぁぁぁ、どうしたら若い男より、私の方が良いとわからせる事が出来るのだ?」 「本当に鬱陶しいですね。そうまで仰るなら、月に一度の見学会を王太子殿下主催の剣技大会にでもすればよろしい。主催であれば、参加も可能でしょう。報償でも出せば、騎士の士気も高まりますし、騎士相手に勝つところを王太子妃殿下に見せれば、少しは見直してくれるかもしれませんよ」  半ばヤケクソに言われたハインツの言葉に、カインはポンっと手を打つ。 「ハインツ……、それ良いな。ぜひ、やろう。今すぐやろう。至急準備を頼む」 「はぁ~!? あなたって人は……」  ブツブツと文句を言いつつハインツが頭を抱えていたが無視だ。こうして、ハインツが墓穴を掘る形で、次の見学会に王太子殿下主催の剣技会を開くことが決まった。 「ハインツ、お前も強制参加だからな!!」  そして無事に第一回王太子殿下主催の剣技会が催され、盛況を博したその夜。高鳴る胸を抑えリリアの寝室を訪れたカインはどん底へと突き落とされることになる。  寝室の扉を軽くノックしたカインの耳に入ってきた『ガタガタ』と鳴る物音に、リリアの許可を待たずに開けた扉の先、後ろ手に文机の前へ立つ彼女と目があった。  今、何を隠した?  そんな疑念がカインの頭をクルクルと回る。 「リリア。物音がしたようだが、何かあったのか?」 「――、カ、カイン様、お疲れ様です。早かったのですね。今日の練習試合、とても素晴らしかったですわ。わたくし、あんなにカイン様がお強いだなんて知りませんでした」 「あぁ、ありがとう……。それより、机に入れたものは――――」 「――――、えっ!? 何か言われましたか? そんなことより、あちらのソファで今日の試合のお話がしとうございますわ」  スッと近づいてきたリリアに片手を掴まれたカインは、手を引かれ窓際に置かれたソファへと連れて行かれる。結局、異様にテンションの高いリリアに一方的に話をされ、頭に残る疑問を有耶無耶にされたカインは、悶々とした気持ちのまま一夜を明かすことになる。  一瞬見えたアレはいったい何だったのか?   手紙のような白い紙のようにも見えたが……  まさか、秘密の恋人への手紙か!?  カインは己の心が急速に冷えていくのを感じていた。
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