第1章 第1話

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第1章 第1話

 ルネマイア帝国第一王子の誕生日パーティーが、王宮の広間で華やかに開かれていた。 真っ白な大理石の床には鮮やかな深紅の絨毯が敷き詰められ、壁にも同じ色のカーテンが金糸をまといずっしりとたたずんでいる。 天井にきらめくシャンデリアは各所に生けられた花々を今が盛りと明るく照らしだし、宮廷楽団の奏でる優美な音楽は鳴り止むこともない。 会場を埋め尽く貴族たちは、それぞれに趣向を凝らした色とりどりの衣装を身につけ、会話を楽しんでいた。  今日で18歳となったマリウス王子には、婚約者候補が複数人存在した。 その中でも最有力候補とされている二人が、モゴシュ家の次女モニカと、モルドヴァン家長女アドリアナこと、この私だ。 互いに伯爵家令嬢であり、他はその他大勢といっても全く差し支えはない。 多くの令嬢はそうでなくても王子の眼中になど入りはしなかったであろうが、余計な者が王子に近づかないよう、私とモニカでことごとく蹴散らしてきた。 そんな経緯を経てついに今夜、婚約者争いは頂上決戦を迎えることになる。  会場には、当然のようにモニカが姿を見せていた。 ふんわりとした白のシフォンのドレスの上に、黄色い花の模様が細かくあしらわれている。 彼女の波打つブロンドの髪に合わせた清楚なイメージを強調するような衣装だ。 対する私は赤茶けた髪と同じ色合いをした、落ち着いた赤のドレスを選んでいる。 衣装全身に黒い糸で精巧な刺繍を施すよう、特別に依頼したものだ。 「あら、アドリアナさま。こちらにいらしてたのですか?」  ツンとした高い鼻をさらにツンとさせ、モニカが近づいてくる。 見た目だけは大人しそうな清純派を気取っているが、その中身は計算高く抜け目ない性格だ。 おっとりとして一見無力かつ害のなさそうな笑顔を浮かべていても、その平和な笑顔に騙されてはいけない。 人懐っこい朗らかな立ち居振る舞いも、全て彼女の計算通り作られたものである以上、接する時には気を抜いてはダメ。 「ごきげんよう、モニカさま。本日はいつにも増してお可愛らしいドレスですこと」 「あら。アドリアナさまの落ち着いた大人の女性らしい雰囲気には、いつも憧れておりますの」  ウソばっかり。 彼女の取り巻きは、モニカを中心にして最も彼女が引き立つよう、お揃いであつらえたものだ。 同じ仕立屋で揃えたことなど一目瞭然。 使っているドレスの生地とデザイン、それに合わせた奇抜な扇は、いま世間で大流行しているものだ。 流行を敏感に取り入れ、宮廷での話題を集めようという魂胆がみえみえ。 彼女の周りには、アカデミーで知り合ったという同じ歳くらいの女の子がひしめき合っていた。 見たことのもない髪飾りに、売り出されたばかりの香水の香り。 ハンカチまで仲間と揃えてくるなんて、どういうこと?  「アドリアナさま。こちらは先日ピクニックに出掛けた記念に、皆で揃えたハンカチでございますのよ」 「あら。とっても素敵ね。皆さんお揃いでお持ちだから、そこら中で売られているものかと思いましたわ」 「アドリアナさまもお誘いしていたのに。お越しいただけなくてとっても残念に思っておりましたのよ」  そう言ってモニカは扇で半分顔を隠し、ニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。 「どうして神さまはこんなにも意地悪なのでしょう。いつもアドリアナさまのご都合の悪いときにばかりピクニック日和になるのですもの」  私が招待に応じられないのは、領地での視察があるからだ。 我がモルドヴァン家には、跡取りとなる子供が私しかいない。 高齢で近頃は歩くことすら難しくなった父の代わりに、私は定期的に兵舎を周り武術訓練の観覧に出掛けている。 一方モニカは筆頭内政官の父を持つ。 今をときめく王の補佐役として、全ての貴族たちの動きを把握することの出来るモゴシュ家の令嬢ともなれば、気に入らない相手を上手く排除して立ち回ることは簡単だ。  彼女が招待し「お気に入り」として付き合う令嬢や子息たちは、モゴシュ家にとっての「友人」でもある。 家柄はもちろん、いかに自分たちファミリーにとって都合のよい人物であるか。 そこが唯一にして最高の判断基準となる。 内政を司る一家であるモニカと、軍部を動かすモルドヴァン家の一人娘である私。 しかも、第一王子であるマリウスの婚約者候補の二大巨頭となると、モニカにとって、私は最も排除すべき人間だった。 「あら。お気になさらなくてもよろしくてよ、モニカさま」  私は自分の持つ最高に優雅な笑みを浮かべる。 「わたくしは逆にうらやましく思っておりますの。いつまでもお人形遊びをなさる子供のままでいられる方々のことを。あぁ、なんて素敵なんでしょう。まるで夢のようですわ。私も地位のある立場として、立ち居振る舞いを身につけるのではなく、ただ無心に遊んでいられた頃に戻ってみたいものですわ」  上から目線で、モニカを見下ろす。 これは「私は領主として、王の妃となるにふさわしい実務を普段からこなしている。王を支える妃としての予行演習に忙しくて、あなたたちみたいに遊んでばかりじゃいられないの」という意味を込めて放った言葉だったのだが、モニカにはキチンと伝わったようだ。 普段は何も考えてなんかいませんといった人畜無害な間抜け面を浮かべているが、とたんに頬は引き締まり獲物を狙う鷹よりも鋭く冷たい視線になる。 だけどそれも、ほんの一瞬の出来事。 この宮廷の大広間にあっては、あらゆることが瞬きする間に全て終わる。 「ではごきげんよう。アドリアナさま。今は白くお美しいお手が、剣ばかりを握り、血と汗で黒ずんでしまわれませんように」  モニカは微かに笑いながら、取り巻きたちと共に背を向けた。 フンと鼻をならし息巻いているのはモニカだけで、側に控えるお仲間たちは、強気な彼女に青ざめながら私に気遣い程度の会釈は残していく。
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