第4話

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第4話

「ごきげんよう。ラズバンさま。ラズバンさまこそ、どうしてこんなところに?」  礼儀も作法も完璧に身につけた「完全なる私」で振り返る。 彼も「完全なる紳士」として、ピタリとなでつけた黒髪に黒い目で優しく微笑んだ。 「あなたが会場を抜け出すのが見えたので。今夜はマリウス王子とはダンスをなさらないおつもりなのかと」  相変わらずイヤミな男。 私が公衆の面前で敗北宣言されたのを、わざわざここまで追いかけて笑いに来たの? 「王子がどなたを今夜のお相手に選ぶのかは、王子次第ですもの。私が決めることではございませんわ」 「その割には、とても残念そうに見えましたけど?」  彼の名はラズバン・マリン。 建国以来、代々宰相を務める侯爵家の跡取り息子だ。 優秀な頭脳とその美貌で、父親の右腕として国政に参加している。 とっくに結婚していてもおかしくない年齢なのに、独身でいることを唯一誰にも咎められていないのは、とにかくイヤミで性格が悪いおかげ。 侯爵家令息という地位にありながら、自由奔放で愛想を他に振りまくこともしなくていいなんて、その血統と現在の地位がうらやましい。 「まぁ、それはラズバンさまの思い過ごしでございます」 「あなたは誇り高き英雄、モルドヴァン将軍の孫娘。王の軍隊であるはずの兵たちから軍部の人気を取り戻したいと思う王家にとって、最初から王子と結ばれるはずもなかったでしょうに」 「ラズバンさまは、結婚をそのようにお考えなのですね」 「おや。あなたは違うのですか?」  私とマリウス王子が結婚すれば、王家は軍部の人気を取り戻せるかもしれない。 だけどそれは、内政を担う貴族たちにとって阻止したいこと。 戦争の終わったいま、軍部が力を持つことをあまりよしとしない王家と貴族たちにとって、私と王子の結婚は許可出来ないという結論になったということか。 この人もきっと、私と王子の関係に反対したのね。 「いいえ。違いませんわ、ラズバンさま」  だからマリン家の嫡男であるこの人も、私にとっては政敵。 ここでボロを出すわけにはいかない。 「愛だの恋だのといったことに、全く興味はございませんの。そんなものは、おとぎ話のなかだけで十分ですわ」 「はは。それでこそモルドヴァン家のご令嬢だ」 「あなたも私と王子の結婚には、反対なさったのでしょう?」  そう言った瞬間、彼はフッと軽い笑みをこぼした。 「もちろん。反対しましたよ」  マリン家に仕える仕立屋が、マリン家のためにデザインした衣装がとてもよく似合う。 高潔で理性的。 無駄な感情など全てを捨て去ったような彼が右手を胸に当てると、私に左手を差し出した。 「ならばどうか一曲、今夜私と踊っていただけませんか?」 「え?」  侯爵家跡取りで宮廷での仕事も評価されているラズバンさまがモテないわけがない。 王子が一番人気だとすれば、この人は間違いなく二番人気だ。 多くの令嬢との噂も絶えないのに、決まったお相手がいないことでも有名な彼が、私をダンスに誘う意味って? 「珍しいですわね。ラズバンさまが皆の前でダンスをなさるなんて」 「私はね、王子の悔しがる顔が見たいだけですよ。アドリアナさまが全く落ち込んでもなければ傷ついてもいない証拠を、ここで見せておくのが得策では?」  彼が私に近づくことに、どんな意味がある?  どれだけ考えようとしても、この一瞬で正解を導き出せない。 今夜彼と踊ることは、私にとって正解なの?  だけど彼の言う通り、私が王子とモニカの婚約を全く気にしていないということを、できるだけ早く世間には知らしめておきたい。 このダンスが正しい選択かどうかは、分からないけれど……。 「モニカさまと王子のご婚約をお祝いして?」 「とてもよいお考えです」  彼はすました顔で、冷静に私の出方を待っている。 そんな彼の提案になら、乗っておくのも悪くないのかもしれない。 「いいでしょう。その話、受けてたちましてよ」  見栄を張ってこその社交界だ。 侯爵家のラズバンさまは、マリウス王子とよく比較される対照。 品行方正で王子らしい王子と、貴族としてはアウトローな生き方をされているラズバンさまは、全く正反対の性格をしている。 温厚で穏やかな王子と、冷酷無慈悲な宰相の息子。 王子にとっては、唯一のライバルと言ってもいいお相手だ。 そんなラズバンさまと王子の前で踊ることが出来れば、王子の相手選びには敗れたとしても、ラズバンさまには認められているのだと、彼を捕らえているのだと示すことが出来る。 モルドヴァン家のアドリアナは、この貴族社会でまだまだ存在価値のある人物なんだと、知らしめることが出来る。
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