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「す・こ・しだーけー、せ・の・びしーてー♪」
歌詞に合わせてダンスするクルミ。歌唱力もさることながら、アルバイトで子ども向けのイベントスタッフをしていることもあり、その幼い容姿と相まった可愛いダンスはまるでアイドルそのもの。練習にもなるということで、クルミはプライベートのカラオケでも常に全力だ。以前、私も他の友人とクルミのアルバイト中の様子を見に行ったことがあるけど、そのときの盛り上がりは凄まじかった。子どもたちも激しくジャンプしながら歌っていたし、後部座席の方で固まっていた大きな子どもたちも自作のクルミグッズを持って踊り狂っていた。イベントが終わった後、子どもたちの半分はメインであるマスコットキャラではなく、クルミに駆け寄って遊び回っていたし。もはやクルミがマスコットキャラと言っても過言ではない。
愛想の悪い店員に下げられた気分も、クルミの単独ライブで忘れさせてもらい、さらには私も小さく歌を口ずさんでクルミとデュエットしてしまうくらいに最高潮へ達していた。重なるふたつの手拍子がクルミに綺麗な笑顔の花を咲かせる。汗ばんで上気した様子に、クルミのテンションも最高潮であることが伝わってくる。あれ。でも何かおかしい。観客は私しかいないはずなのに。
手拍子が、ふたつ?
私は椅子に座り身体を左に向けていて、もうひとつの手拍子は後ろから聞こえてくる。さあっと血の気が引いていくのを感じた。意識が後ろに引っ張られてしまい、クルミの歌が遠く聞こえる。いつの間にか誰か入ってきたのだろうか。いや、それなら扉が開いたときに気がつくはず。それなら私の後ろにいるのは誰なのか。ゆっくりと。それはもうゆっくりと振り返った。
「きゃあ!?」
私の後ろにいたのは中学生くらいの女の子だった。だらりと前髪が垂れているせいで顔は隠れてしまっていてよく分からない。その姿は半透明で、向こう側の景色がぼんやりと透けて見える。その女の子が、クルミの歌に合わせて控えめに手拍子をしていた。
思わず後ろに飛び退いた。真っ黒な靄ではなく少女の見た目であるせいか、そこまで恐怖は感じなかったのだが、やはり驚きはしてしまう。ばくばくと跳ね回る心臓を抑えるように、左胸に手を当てながら荒い呼吸を繰り返す。見間違えではなく、はっきりとその存在を確かめることができた。
「ねえ」
ぽんと、背後から手を置かれた。振り返ると、クルミがこちらをじっと見ている。ああ、しまった。私は深く後悔した。せっかく気持ちよく歌っていたクルミを邪魔してしまうなんて。
「あ、本当にごめ――」
「ユイぽんさぁ……」
精一杯の謝罪をしようとしたところで、私の言葉を遮るようにクルミが口を開く。何と言われても甘んじて受け入れるつもりで、クルミの言葉を待った。
「やっぱり見えてる、よね?」
「……へ? な、何のこと?」
「そこにいる女の子の幽霊」
一瞬、思考が停止してしまう。クルミが言うそこにいる女の子の幽霊とは、そこにいる女の子の幽霊のことなのか。自分でも何を言ってるのか分からなくなってきそうだけど、そこにいる女の子の幽霊のことを言っているならば、それはつまりクルミもそこにいる女の子の幽霊が見えてるということなのか。
「もしかしてクルミにも……見えてるの?」
「うん、見えてるよ。そっかぁ、ユイぽんもこっちなんだね」
満面の笑顔で抱きついてくる。クルミの言うこっちというのは見える人、という意味なのだろう。私もびっくりした。まさかクルミが見える人だったなんて、長年付き合ってきて初めて知った。クルミもさっきまでの私のように、ひた隠しにしてきたのだろうか。私はごく最近見えるようになって、闇を見たらその都度驚いて何かしらリアクションをしてしまっている。でも、クルミは今までそんな違和感のある素振りは、思いつく限りではしたことがなかった。
「クルミはいつから見えてるの?」
「ウチ? ウチは物心ついたときからずっとかな」
「そうなんだ。通りで慣れてる感じなんだね。私は最近なんだ……見えるようになったの」
「あ、やっぱり? ユイぽんは前は幽霊いてもスルーしてたから見えない人だと思ってたんだよね。でも、今日はカフェでずっと幽霊を目で追ってたから、もしかして……って思ってさ」
だから、見える人かどうかを確かめるために、私をこの店に連れて来たそうだ。だから他にもカラオケ店があるのに、わざわざここに来たのかと納得がいった。それなら私に直接言えばいいのに、と思った瞬間、すぐにそれは私も同じだということに気がつく。私だって闇が見えるなんて話したらクルミに引かれるかもしれないと思っていたのだから、クルミが同じことを考えていてもおかしくはないのに。
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