第弐夜 往けば怪路の日和あり

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 須藤さんから教えてもらった集団登校の待ち合わせ場所に向かいながら、スマホで母に電話をかける。しかし、呼び出し音が鳴り続けるだけで、一向に繋がる気配はない。改善されてきてはいるものの、母はいまだに機械音痴だ。それに多忙なのも相まって、基本的には折り返しの電話に私が出ることで、会話が成立するということが多い。今回も忙しいのだろうと思い通話を切る。 『はいはーい♪ ユイぽんどしたー?』 「いきなりごめんね。今少し時間ある?」 『うん。ちょうどステージが終わったから大丈夫だよ』 「あのね、ちょっとクルミに聞きたいことがあるんだけど――」  クルミに電話をかけると、ワンコールが終わる前に出てくれた。相変わらずの早さに驚きつつも、時間があるということなので相談してみることに。バイト先の食堂に通ってくれている女の子が通学中に名前を呼ばれ、振り返ると迷子になってしまう。名前を呼ばれながら追いかけられて怖くなって逃げていると、いつの間にか学校に辿り着いていること。そして、それは今のところ特定の場所で発生しており、場所に起因した事象ではないかと考えていることを。 「っていうことなんだけど、クルミなら何か知ってるかもって思って」 『あー、たぶん分かるかも。ちょっと待ってて』  えーっと、うーんと、と何度も繰り返すクルミに期待しつつ言われた通りに待つ。最初にガサゴソと音がしていたところから、思い出しているわけではなく、何かを探しているようだ。 『お、あったあった! えーっとねー、それはたぶん精霊路(しょうりょうろ)だと思う』 「しょう、りょうろ?」 『うん。精霊の道ってこと。子どもだけが招かれて通れる道っていうのかな。あ、もちろんウチらみたいに見える人は、招かれるかどうかはさておいて、大人になっても通れるんだけど』 「精霊ってことは悪いモノじゃないってこと?」 『悪いモノかどうかで言えば悪いモノじゃないんだけど、結構影響が大きいんだよね。大人は影響受けないみたいなんだけど、子どもが精霊路の中にいればいるほど、時間の流れが遅くなるの』  クルミ曰く、十年前に突如として行方不明になった子どもが当時の姿のままで発見されるなど、精霊路による神隠しは各地で報告されているらしい。さらには精霊路には神様が住んでいるようで、純粋な気持ちをもって子どもと遊びたがるという。たった一日精霊路で神様と遊んでしまうと、外の世界では十年、二十年と時間に置いていかれてしまうのだ。直接的に命を奪うことはないにしても、クルミの言う通りその影響は甚大。 「相手が悪意のない神様なら無理なことはできないよね。その場所を通らないように徹底するしかないのかな」 『入口が一ヶ所だけとは限らないからそれは難しいかも。手帳のアドバイスには、神様にお願いするのだ、って書いてあるから、頼んで精霊路を移動してもらうことはできるかも』  神様にお願い。確かにそれが可能なら平和的解決だ。とはいえ、神様にどうやってお願いすればいいのだろうか。ただお願いするだけで聞いてくれるのなら何も苦労はないが、何かを要求された場合にそれを満たせるのかは怪しいところ。何故なら相手は神様だ。人間相手なら交渉に際しての要求は現実的な物がほとんどであるだろう。しかし、相手が神様となれば一体何を要求されるのやら。大人は影響を受けないということのため、遊び相手になるくらいならいいだのが。  クルミと話しながら歩いているうちに、とうに辿り着いていた件の場所。浅い川を横断する橋の下。川沿いの整備された道はごく短いトンネルになっている。特に変わったところはないように思えたが、右目に意識を集中すると、微かに空間が歪んで見えた。シャボン玉や油膜の表面のように、ぐにゃぐにゃと七色が滲んでいる。あれが精霊路の入口なのだろうか。 「ねえクルミ。最後にひとつ聞いていい?」 『どしたの?』 「手帳って何? そういうのが載ってる図鑑……みたいなもの?」 『ああ、これね。ウチのママが昔使ってた活動記録をまとめた物なんだ。一定の規則性を持つ闇とか神様のことが載ってるの。ママも見える人でさ、若い頃は色んなところに行って百万の人と闇を救ったって言ってた』 「ひゃ、百万……」 『あはは♪ ママのことだから誇張だと思うし、あんまり気にしないで』  クルミの母親も見える人。私の母もそうであることから、やはりそういう体質は遺伝するものなのだろうか。いや、そんなことより。クルミの母親の活動記録がまとめられたという手帳。凄く興味がある。どんな闇がいるのか、どんな神様がいるのか、私は何も知らないのだ。しかし、それに出遭わずして相手を知ることができるなら、私にとってそれほど有益なことはない。今度クルミに会ったときは是非その手帳を見せてもらおう。  それと記載されているモノについて。クルミ曰く一定の規則性を持つモノは個体によって若干異なる性質になることはあるが、概ね本質から逸れることは少ないそうだ。そのため、それらをまとめることで活動の指針にしていたという。もちろん、特異な個体も存在したり、全く新しい性質を持つ個体が生まれることもあるため、あくまで指針として参考にするだけがいいそうだ。 『あ、もうすぐ次のステージあるからごめんね……』 「ううん。本当にありがとう。クルミに電話してよかった」 『それならさ、ウチからもひとつお願いしてもいい?』 「もちろん。何でも言って」 『ユイぽんのことだから精霊路にひとりで行こうとしてるでしょ? だったらウチも連れてって欲しいな~って』 「え? でも……」 『ひとりよりふたり! ウチら最強コンビっしょ?』 「ふふ、そうだね。クルミがついてきてくれるなら心強いよ」 『いえーい! じゃあ決まり! バイト終わったらまた連絡するね~!』  ブツリと通話が途切れる。やはりクルミには見透かされていたようだ。ひとりで行こうと決意していたわけではないものの、奈々子ちゃんが困っているのを放ってはおけない。だから遅かれ早かれ神様にお願いしに行っていたことだろう。 「ひとまずは食堂に戻らないとね」  あまり呆けて遅くなってしまっては大将とコズエさんに無用な心配をかけてしまうため、さっと踵を返して食堂へ帰った。
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