第弐夜 往けば怪路の日和あり

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 食堂に戻ると大将が車にお弁当を積み込んでいるところだった。車体にこども食堂のロゴが大きく入った白いバンのトランクに、お弁当が入った中型のクーラーボックスを積み込んでいる。私も手伝うためにクーラーボックスの紐を肩にかけて持ち上げた。 「よいしょっと」 「おや、ユイちゃん。おかえり。手伝ってくれるのかい? 助かるよ」 「料理がからっきしな私はこれくらいしかできませんから」 「ははは。料理ができないくらいじゃ死にはしないさ。それに、お腹が空いたらいつでもうちに食べにくればいいんだから」 「ふふ、いいですね。それ」 「それに、僕たちはいつも助けてもらってばかりだからね。ユイちゃんがうちに来てくれてから、子どもたちの笑顔が格段に増えた。優しいお姉さんを頼って、不安を吐露してくれる子もいる。奈々子ちゃんみたいに。それは僕にはできなかったことだ。コズエも娘ができたみたいだと喜んでいるし、僕も同じだから」  トランクにクーラーボックスを全部積み終わり、バタンと扉を閉めた。大将の言葉に、少しだけ照れてしまう。できないことをお互いに補い合うことで、ひとりでは不可能なことが可能に変わる。何でも自分ひとりでできなければならないわけではない。そんな完璧な人間はいないし、それでは人間である意味もない。支え合い助け合うことで、人間らしさというものが生まれるのかもしれない。  誰かの役に立てることはとても誇らしいこと。少しでも役に立っているのだと肯定してもらえて、仕事へのやる気も俄然湧いてくる。 「じゃあ僕はそろそろ行くよ」 「お気をつけて。いってらっしゃい」  車に乗り込む大将に笑顔を向けて、走り出したところでサイドミラーに向かって手を振った。角を曲がって車が見えなくなったところで手を下ろし、食堂へと入る。思っていたよりお客の数は少なく、コズエさんは常連のお婆さんと楽しそうに会話をしていた。私に気がつくとおかえりと言って出迎えてくれる。 「ちょっと遅くなっちゃったけどご飯食べるよね。用意するからちょっと待ってて」  そう言ってコズエさんはパタパタと小走りで厨房に走っていく。いつもはピークを過ぎて落ち着いてから食べていたのだが、今日は奈々子ちゃんを送ったのですっかり忘れてしまっていた。まあ、別にお昼を抜いたくらいですぐにどうにかなることはないが、ここのまかないというだけで是非食べたいと思ってしまう。それくらい魅力的な美味しさ。ダイエット中でも我慢できなくなってしまうくらいの、もはや魔性と言ってもいいかもしれない。  お客と他愛のない会話をしていると、コズエさんが定食を運んできてくれた。今日のメニューは豆腐ハンバーグとプチトマト、豚汁、ポテトサラダ、漬物、白ご飯。毎回のことだけど、まかないという割に標準メニューと何も変わらない豪華な品揃え。申し訳ないとは思いつつも、よだれが抑えきれない。  この食堂は周辺地域の農家と複数連携しており、品質は問題なくても見た目が悪いせいで出荷できない作物を、食堂に広告を載せることで無償または安価で提供してもらっている。そのため、いつでも栄養満点の新鮮な野菜を食べることができるのだ。 「いただきます!」  まずは具沢山の豚汁をひとくちすする。日本人に生まれてよかったと思えるほどに、お味噌の温かさが身体中に染み渡っていく。ゴボウやネギ、ニンジンを口に運ぶ。シャキシャキとした歯ごたえや甘さがお味噌と相性抜群。豆腐ハンバーグの端を箸で切り、大きく口を開けてひとくちで頬張った。さっぱりとしたおろし醤油が、豆腐ハンバーグとは思えないほどの肉汁と相まってご飯が止まらない。  あまりの美味しさに、ちょっとだけ涙が出そうになる。コンビニのお弁当やインスタント麺も間違いなく美味しい。しかし、その違いはひとくち食べればすぐに理解できる。美味しいだけじゃない。とても温かいのだ。単純な料理の温度の話ではない。心の温度の話だ。温かい食事を求めて子どもから大人まで、ここに足繁く通う理由がよく分かる。飢えていた心が瞬く間に満たされていく。料理に溶け込んだ、たっぷりの愛情によって。 「ごちそうさまでした!」  コズエさんに見守られながら、あっという間に完食してしまった。最高に美味しかったことを伝えると、コズエさんは嬉しそうに笑ってくれる。空になった皿を持って厨房へ向かう。一旦シンクに下げておいて、ロッカーからエプロンを取り出して身につける。食器はあまり溜まってなかったが、ついでだと全部洗って戻しておいた。  今の時期は十八時くらいには暗くなってしまうため、次のピークは十七時辺り。食堂は二十時まで開いてはいるが、ピークを過ぎれば閉店まであまりお客の入りはない。夕方もてんやわんやで大忙しだが、今の私は美味しい食事で充電バッチリ。 「さって、頑張りますか」
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