第弐夜 往けば怪路の日和あり

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 時刻は夜の十九時。殆どの常連さんには顔を出してもらったため、もうこれから来客がある可能性は低い。たまに、宣伝に興味を持ってくれたご新規さんがふらりと立ち寄ってくれることはあるが、それも週に一度程度までに落ち着いてきているようだ。何年も続けていれば、ある程度地元の人たちには知ってもらうことはできるため、ご新規さんは主に最近こちらへ引っ越してきた人たちばかり。もしくは、地域内外から提携を申し出てくれる農家の方々だ。  既に明日の仕込みに取り掛かっている大将とコズエさんを横目に、じゃぶじゃぶと皿洗いに勤しむ。ふたりは在庫の状況を確認して、明日のメニューで出せないものや代替になるものをあれこれと話し合っている。  農家からの規格外品提供は常に一定ではなく、不作や豊作によって種類に偏りがあるため、頻繁にメニューの入れ替えを行わなければならない。本来なら頭を抱える悩みになるはずなのだが、どうしてかふたりはいつも楽しそうだ。こんなメニューやあんなメニューはどうか、試行錯誤しながら笑い合っている。  時折、私に意見を聞いてくれたりして疎外感を与えないようにと気を遣ってくれる。料理ができないにしても味音痴ではないため、こういうのが食べたいとか、合わせるならこういうのがいいんじゃないかとか、それくらいなら私にも何とか意見できる。実際に意見を採用してもらえたときはとても嬉しいものだ。 「すみませ~ん」  皿洗いが終わって他にすることがなさそうなら上がらせてもらおうかと思っていた矢先、食堂の扉が開いて誰かが入ってきた。こんな時間に珍しいと思いつつも、聞き覚えのある声に厨房からカウンター越しに覗き込んだ。 「は~い……って、クルミ?」 「あ、ユイぽん。来たよ~」  連絡すると言っていた割に一向に連絡がこなかったため、長引いているか忘れているのかと思っていた。しかし、実際はそうではなくわざわざサプライズ的な登場をしてくれただけだったみたい。こども食堂でバイトをしていると教えたことはあるけど、場所は教えた記憶はない。近場に他のこども食堂がないとはいえ、下手をすれば骨折り損になってしまうかもしれないのに。 「わざわざ来てくれたんだ」 「ユイぽんの働きっぷりを見たくなってさ」  確かに、私がクルミのバイト先に行ったことはあっても、クルミが私のバイト先に顔を出すのは初めて。といっても、こんな時間だとお客もいないため働きっぷりを見てもらうことはできないのだが。 「あら、お友達?」 「初めましてこんばんは! ユイぽんの大親友、南クルミです!」 「ご丁寧にどうも。真田コズエです。よろしくね。……ところでクルミちゃん、お腹空いてる?」 「へ?」 「お・な・か。空いてない?」  こんな時間の来訪者が気になったのか、顔を出してくれたコズエさん。お腹が空いてないかと聞いている割には、外しかけたエプロンをもう装着して用意する気満々だ。まずはご飯なコズエさん。子ども相手にはまず美味しいご飯を食べて欲しい。話はそれから。というある意味ポリシーのようなもの。大人が相手であればそうでもないのだが、クルミの見た目は中学生辺りのそれだ。そのため、コズエさんの子ども好きが発動してしまったのだろう。 「ぺっこぺこです! バイト帰りで何も食べておりませんのです!」 「じゃあちょっと待っててね」 「いいんですか!? めちゃくちゃ嬉しいです~!」  クルミの弾ける笑顔につられてニコニコ笑顔になったコズエさんは、パタパタと厨房へ戻っていく。私がクルミの立場だったらつい遠慮してしまいそうだが、それでは逆にコズエさんを悲しませてしまう。そういう人だからこそ、素直に甘えることが気遣いであり優しさである。それを瞬時に見極めて、しかも全力で甘えにいけるクルミの凄さが羨ましかった。図々しいのではない。遠慮するべきときには遠慮し、甘えるべきときにはとことん甘える。それがクルミの処世術であり愛され上手なところ。見習いたいけど、私には到底真似できない技術であり魅力。  運んでこられた食事を、尻尾を振る子犬のように喜んで食べていたクルミ。頬袋に木の実を詰め込んだリスのような顔で、ひとくち食べる度に美味しいと三回は言っていた。ちょうどデザートの試作品を作っていたところだったようで、子どもなら誰でも大好きであろうイチゴムースが食後に出てきた。私は遅めの昼食兼夕食であまりお腹は空いていなかったため、デザートだけをご馳走してもらった。試作品という割には非の打ち所がないくらい完成していて、スイーツショップの物にも引けを取らないくらい。私もクルミもスイーツは大好物。そのため、あまりの美味しさに終始笑顔だった。  美味しい食事で元気を補充させてもらい、今日のバイトも無事に終えた。美味しいスイーツと頼もしい仲間がいるお蔭か、夜道もさほど怖いとは思えない。そんな落ち着いた気持ちのまま、私とクルミは精霊路の入口へと向かった。
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