第弐夜 往けば怪路の日和あり

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 二十時を過ぎたところで、精霊路の入口に到着した。上を通る橋には街灯が設置されてはいるものの、その光は高架下まではあまり届かない。明るいうちに見たときは何の変哲もないただの短いトンネルくらいの印象だったが、日が落ちてから見るとまた違った雰囲気を醸している。精霊路とは関係なく、トンネルの向こうは別世界に繋がっていそうな気がするほど。  わざわざこんな時間にくることはなかったのではないかと自分でも思う。しかし、明日もバイトがあるし、月曜日には私も奈々子ちゃんもまた学校が始まる。そのため、今日か明日で何かしらの対処をしておきたかった。そうなると、どうしてもバイト終わりの遅い時間しか取れないため、雰囲気バッチリの時間にせざるを得なかったのだ。相手が闇ではなく神様であって、さらには大人は精霊路からの影響は受けないと分かっていなければ、絶対に遠慮したいシチュエーション。 「おー、ホントだ。こんなところに入口が。今までは避けてばっかりだったけど、とうとう立ち向かう時が~!」 「ねえクルミ。しつこくて悪いんだけどさ、本当に……大丈夫なの?」  クルミは今まで闇には触れないように、避けることを選んできたそうだ。それは私と同じように母親の願いだったとのことで、徹底的に察知することと逃げることを教わってきたのだと。我が子には危険な目には遭って欲しくない。自分たちが立ち向かい危険な目に遭ってきたのだとしたら、母親として、そう思ってしまうのも無理はないだろう。そしてだからこそ。そんなクルミの母親の願いにここで背いてしまっていいのだろうか。そう考えてしまうのだ。当のクルミは大丈夫大丈夫と笑ってはいたが、巻き込んでしまうのも申し訳ないというか何というか。 「ユイぽんは心配性だなぁ。大丈夫だよ? だってカッコイイじゃん!」  クルミは言う。確かに今までは闇を避けることを教わってきたし、避けてきた。しかし、カラオケボックスにいた女の子のように、何もしないどころか手拍子をしてくれる闇だっているのだということを知った。喜ばせることができないかと色々試行錯誤もした。そしてあの日。女の子が笑ってくれたとき、クルミの中でずっとモヤモヤしていたものに答えが見つかったのだと。 「ママがどうして危険をかえりみず闇に立ち向かっていたのか、あの子が笑ってくれたときにやっと分かったんだ。ウチにもママと同じ血が流れてるんだもん。だからもう迷わないよ。もちろん、意味もなく危険に突っ込んだりはしないから安心してね?」  私の不安を払拭するように、ウィンクで意思表明。クルミにはクルミなりの覚悟があって、こうして隣にいてくれる。頼りになる相棒がいてくれて本当に心強い。 「ってかさ、ウチを心配してくれてるけど、この前までは怖いよぉ怖いよぉって鼻水垂らして泣いていたのに……ユイぽんの方こそ、どうしてなんだい?」  にしし、と悪戯な笑みを浮かべて脇腹をつんつんしてくる。クルミの言わんとしていることは理解できる。だがしかし。断じて鼻水は垂らしてない。泣いていたのはまあ、確かな事実ではあるけども。  どうしてと問われて、改めて自分にどうしてかと問う。しかし、ぼんやりとしていて答えに詰まる。クルミのように明確な答えというものがない。強いて言うなら奈々子ちゃんが困っているから。私で力になれるならどうにかしてあげたい。ただそれだけだ。 「ユイぽんはホントにバカちんさんだよね~。初めてユイぽんを見たときもそうだったよ? 覚えてるかな。入学してすぐの頃にさ、どしゃ降りの雨の中で雨宿りしてた小学生に傘をあげてずぶ濡れでくるくる回ってて。あれはちょっと面白かった」  言われて思い返してみれば、確かにそんなことがあった。あのときは午後から大雨の予報が出ていて、予報通り午後はどしゃ降り。傘をさしても足が濡れてしまうくらいだった。そんな帰り道、シャッターが下りた店のひさしの下で雨宿りしている小学生の男女がいた。ふたりは寒さのせいで身を寄せ合って震えていたのだ。見ていられずに傘を差し出したが、ふたりは遠慮がちで。だからというか。一体何を思ったのか。私はふたりに言ったのだ。「お姉ちゃんは雨に濡れるのが好きだ」と。無理矢理傘を持たせて、雨の中楽しそうにくるくる回ってその場を離れた。角を曲がって見えなくなったところで正気に戻り慌てて家に帰ったが、次の日はしっかり風邪を引いてしまった。誰かに見られていたと思うと、結構恥ずかしい思い出。 「後先考えず、誰かを助けるために突っ走る。ドブにはまった子犬がいたら、たとえ高級なスーツを着てても迷わず子犬を抱き上げる。ユイぽんは普段もっと周りが見えてるし頭も良いのにさ、そういうときだけどうしてかバカちんさんになるんだもん」 「それは頭よりも体が先に動いちゃうというか……。馬鹿だったのは認めるけど」  そう。ふたりに傘をあげたとしても、私はバスなりタクシーで帰ることもできる。近くのカフェで雨宿りすることだって。後から考えれば、他にも取れる手段は幾らでもあった。わざわざ雨の中をくるくる回り、ずぶ濡れになって風邪を引く必要なんてなかったのに。 「ウチはユイぽんのそーゆーとこ大好きだよ? ユイぽんらしいというか。それにあの日、ユイぽんの行動を見てたから絶対に友達になりたいと思ったんだ。もう次の日から構内を探しまくってめっちゃアタックしたの~」 「そ、そうだったの……!?」 「うん!」  そんなこと初めて聞いた。もし、あのとき。私が馬鹿な行動を取っていなかったら。私とクルミはこんなにも仲良くなっていなかったかもしれない。そう考えれば、あの日の馬鹿な私に感謝のひとつもしたくなる。 「私たち似た者同士だね」 「え!? ウチもバカちんさんってこと!?」 「うん。違うの?」 「ふむぅ……否定はできませぬ」  私も馬鹿。クルミだって自分をかえりみない馬鹿。私たちは結局のところ似た者同士だからこそ、今、こうしてここに並び立っているのだろう。 「あはは。……さって、あまり遅くなると明日に響くし。そろそろバカちんさんコンビ、出発しますか」 「おてて繋いでレッツゴー!」
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