第弐夜 往けば怪路の日和あり

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 クルミは躊躇いもなく、神様に向かって無邪気に遊びを要求する。その声がトンネル内に小さく木霊して消えていく。まだ何も分かってはいないにもかかわらず、未知の領域に喜び勇んで飛び込もうとする姿勢に驚かされた。それでも言ってしまったものは仕方ないと、成り行きを静かに見守る。  神様はまだ私たちを見ている。しかし、クルミの言葉に目に見えた反応はない。精霊路の神様は子どもと遊びたがると言っていたため、やはり二十歳を過ぎている私たちとは遊びたくないのだろうか。とはいえ、そもそも子どもと大人の境界など動物学的な成熟度合いによって、人間が勝手に決めたものだとは思うけど。どうなんだろう。 「やっぱりウチたちじゃダメなのかなぁ……」  クルミの問いに何も答えることができない。見た目の幼いクルミでもダメなら、子どもらしさでは太刀打ちできない私にはどうすることもできないのは確かだ。  精霊路は本来、神様が招いて入ることのできる道であることから、私たちは完全にイレギュラーな侵入者だ。だからこそ、私たちの一挙手一投足を監視しつつ、問いには無言を貫いているのかもしれない。仮に精霊路を出るまでそれが続くのなら、完全に打つ手なしになってしまう。神様にお願いして精霊路を移動してもらうなど、本当にそんなことができるのだろうか。 「ねえクルミ。電話で話したときに言ってた手帳のことなんだけどさ、精霊路について何か他にも書いてあるの?」 「あー、他には神隠しにあった子どもの証言とかかな。見つかった子どもたちは主にかくれんぼや鬼ごっこで遊んでたんだって」 「かくれんぼや鬼ごっこね……」  実に子どもらしい遊び。小さな頃はクラスの仲良し組で、公園や神社の境内でよく遊んだものだ。小学校の高学年くらいになってからは、めっきり子どもらしさがなくなってしまって。真冬になっても半袖半ズボンで無邪気に遊び回る男子たちを呆れたように冷めた目で見ていた。良く言えば成長が早かった。悪く言えば童心を忘れるのも早かった。 「かくれんぼとかちょ~楽しかったよね~」 「……うん、そうだね」  昔を思い出しているのか、顔を輝かせるクルミ。そのキラキラとした表情を見て、私は寸分迷わず頷けなかった対照的な心に気がついた。もし、神様がクルミの言葉に乗ってきてくれていたら。私は全力で楽しめていただろうか。恥ずかしさが邪魔をして楽しめなかったとしたら、果たして遊んでくれている神様は楽しいと思ってくれるのだろうか。そんなこと、考えるまでもない。  答えはノーだ。  皆が心から楽しむからこそ、全員がもっと楽しくなる。その中に楽しくなさそうな人が混じっていれば、たちどころに楽しくなくなってしまう。それは子どもたちの遊びだけではなく、大人になっても変わらないのだ。ノリが悪い人が混じっていれば、どんどん場の空気は下がっていく。そんなのは当たり前の話。神様が何も反応しないのは、私のそんな気持ちを察しているからかもしれない。  胸に手をあてて、深呼吸をする。記憶をどんどん遡り、幼少期の気持ちを掘り返していく。また明日ね。別れ際に友達と言い合ったその言葉が本当に楽しみで、まるで遠足の前日のように眠れなくなっていたあの頃。平日は学校で、休日は公園で。毎日のように飽きもせず、何度も同じことを繰り返して、またはやることがなさすぎて意味がないことを繰り返していたあの頃。  達観したように遠巻きで眺め、冷めた目で私を見下ろす自分をかなぐり捨てる。身体は幼くすることはできない。しかし、心だけはいつだって子どもに戻れるはず。 「……ユイぽん?」  クルミの不思議そうな声を聞きながら、一歩、また一歩前に出る。九十度左を向き、壁を背にしてクルミと入口を視界に含めた。目を閉じて、手を前に伸ばして人差し指を立てる。昔を思い出すように、ゆっくりと口ずさむ。 「かーくれんぼするひとこの指とまれー、はーやくしないと電気が消える――」  地方によって形態は様々だけど、私の実家の周辺では一般的だった歌詞。地域が違っても意味は通じるだろうと、気にせずに歌い続ける。人差し指が掴まれる感触があったので目を開けると、ワクワクとしたクルミが私の人差し指を掴んでおり、クルミもまた同様に反対の手で人差し指を立てていた。  まだまだ様子を見ているのか、最初は相変わらず反応はなかった。しかし、粘り強く延長に延長を重ねていると、ようやく新たな変化が現れる。クルミが立てている人差し指の周辺の空間がぐにゃりと歪むと、小さな手が現れてクルミの指をそっと包み込んだ。  ――にーじゅく、にじゅーはっち。  クルミと顔を見合わせて喜んだのも束の間、どこからともなく幼い声が響いてくる。誰が鬼をするかも決めてはいないのに、どうやら率先して神様が鬼をやってくれるようだ。 「いこいこ!」  カウントダウンは始まっているため、急いで隠れなければならない。走り出したクルミに手を引かれ、ひとまずはトンネルの反対側へ駆け出した。ここは街中であるため隠れる場所は少ない。精霊路の中と現実とは違うかもしれないとは思いつつも、さすがに民家に隠れる訳にはいかないため、隠れられそうな場所を求めてひた走ることにした。
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