第弐夜 往けば怪路の日和あり

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 土地勘もない場所で隠れる場所を探すことは難しい。しかも、たった三十秒では探せる範囲などたかが知れている。そんな中で住宅街の一画にあった空き地を偶然見つけることができたのは僥倖だった。  小さな公園代わりに利用されているのか、大きな土管が横たわっていたり、身を隠しやすい茂みもある。夏の暑い時期であれば躊躇するような茂みも、十月半ばの涼しい季節のため虫はそう多くない。クルミは私よりも虫が苦手であるため、土管の方に隠れてもらう。一緒がいいと渋るクルミだったが、固まっていれば一度見つかると終わってしまうため、私は茂みに隠れることにした。私とクルミの隠れ場所の距離はそこまで離れておらず、お互いがお互いを確認できる。顔が見えれば安心できるだろうと、ときおりクルミの方へ顔を出しては目配せした。  ――もーいーかい。  傍にいるようで遠くにいるような、曖昧な距離感から響いてくる声。神様なのだから私たちの位置くらい簡単に分かりそうなものだが、やはり遊びということでその辺は配慮してくれているのだろうか。声はクルミにも聞こえているようで、こちらを見て首をぶんぶんと縦に振っている。準備万端ということで大きめに返事をしてみた。 「もーいーよ!」  どこにいるのかは分からない神様に届いたことを信じて、顔を引っ込めて身を隠す。この空き地への入口は一ヶ所しかないため、そこを見張っていれば神様が来たかどうかが分かる。まあもちろん、姿が見えることが前提だけど。  かくれんぼが始まるとやはりというか何というか、懐かしい気持ちになってくる。最後にかくれんぼをしたのはもう十年以上も前のこと。実家の境内は私の庭だったし隠れる場所が沢山あるため、誰も私を見つけられないことが多かった。見つからないので暇になって本堂の祭具を触っていて、うっかり落として壊してしまったこともある。夜、それを母に正直に話したところ、怒られると思っていたがなぜか母は笑っていた。あのとき、なぜ母は笑っていたのか。それは大人になった今でも理解できていない。もしかしたら、しょげていた私を見て単純に面白かっただけかもしれない。  神様の問いに返事をして数分。まだ神様の姿も気配もない。精霊路の中は現実世界と異なるせいか、茂みに隠れていても虫の一匹すら見当たらない。虫の声もしないし鳥の声もない。造形だけを似せていて、生物に関しては存在しないということだろうか。理由はどうあれ、虫がいないということは私にとってメリットしかないため、とてもありがたかった。  ひゅるひゅるひゅるひゅる。  どこかから、擦れた口笛のような音が聞こえる。それと同時に何かがこちらへと近づいてくる気配を感じた。神様が私たちを探しに来ているのだろう。なるべく気配を消せるように、息を殺してじっと待つ。鬼が近くにいるときには、やはりどうしてもドキドキする。見つからないようにと祈りはするものの、見つからないとそれはそれで悲しい思いをすることになるのが、かくれんぼの面白いところ。それに、神様とかくれんぼなんてそうそうできることではない。しっかりと楽しんでおかなければ。  ひゅるひゅるひゅるひゅる。  先程の音が背後にある塀の向こうを、がさがさと草を掻き分けながら通り過ぎていく。瞬間、ぞくりと背筋に冷たいものが走る。クルミの指を掴んだ神様の手は幼さがある小さな手だった。しかし、今背後を通り過ぎたのはもっと大きな何かだった気がする。それは例えば、クマのように大きな。確かに、神様の姿を見たのは手だけで、それ以外は何も見えてはいなかった。手の感じからして勝手に子どもだと想像していたのはこちらだ。童心に返ってわいわいかくれんぼすればいいと思っていたが。もしかしたら、私が想像しているほど安心で安全なかくれんぼではないのかもしれない。  ちゃかちゃかちゃかちゃか。  がさがさと草を掻き分ける音から、ちゃかちゃかという謎の音を立てながら、それは少しずつ遠ざかっていく。ほっと安堵の息とともに胸を撫で下ろした。もし神様が思っているほどいいモノではなかった場合、クルミと一緒にいた方がいいかもしれない。あまり動き回るのは得策ではないかもしれないが、離れているよりは安全だ。  ――ゆーいーちゃん。  ――くーるみちゃん。  今度は先程のように空間から語り掛けられるようなものではなく、入口方面から神様の声が聞こえた。今し方背後を通り過ぎたばかりなのに、いつの間にそちらへ移動したのかと驚いたものの、神様ならそれくらい簡単なのかもと無理矢理納得する。  かくれんぼ中であるため、神様の呼び掛けには応じない。声はどんどん近づいてくるため、今はクルミのもとへ移動すると見つかってしまう可能性がある。そっと顔を覗かせると、まだ空き地へは入ってきておらず、クルミもツインテールを触角のようにぴこぴこと動かしていた。  神様に対して芽生えた私の不安。それはクルミにも伝わっているだろうか。もしまだであるのなら、何かある前に早めに伝えておきたい。 「そうだ。スマホならいけるかも」  私もクルミもスマホはずっとマナーモード派だ。そのため、トークを送ることで音が鳴ってしまうことはない。トークならここに隠れたまま、移動することなく安全に送ることができる。もちろん、精霊路の中で電波が使えるのなら、の話だけど。それでもやってみるに越したことはないだろう。使えなければ使えないで、そうだということを学べるのだから。
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