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「闇に呑まれてはなりません。目を閉じて右目に意識を集中しなさい」  昂っていた心と身体が落ち着きを取り戻していく。組み敷かれたままその声に従い、目を閉じて右目に意識を集中する。すると、また目の中で何かがぐるぐると渦を巻くように動いた。渦を巻くそれをなぞって追いかけると、次第にそれが白く細長い何かであることに気がついた。 「見えますか? 貴女の右目に宿る蛇が」  蛇。そう言われれば、確かに白い蛇のようにも見える。もっとよく意識を集中すると、その姿はさらにはっきりと見えるようになった。赤い目を持つ真っ白で長い長い蛇が、ぐるぐるぐるぐる小さな円や大きな円を描きながら不規則に回っている。これが私の右目に宿る蛇。どうしてこれが私の目に。当たり前のようにそんな疑問が浮かんだけど、今はそれより大事なことがあると飲み込んだ。 「見えます。白い蛇が」 「よろしい。次に蛇の中心に捕らえられた闇が見えますか?」  中心に捕らえられた闇。右目に浮かぶ景色のなかで、蛇が渦を巻いているその中心。そこに黒い靄が見えた。それはさきほど電信柱の影で見たモノだった。それが、蛇が描く渦の中心に閉じ込められている。 「はい。さっきの黒い靄が見えます」 「それではその闇を喰らいなさい。蛇が闇を喰らう。それをイメージするのです」  言われた通りに、蛇が大きく口を開けて黒い靄を丸呑みするシーンをイメージする。それに呼応するかのように、蛇は嬉々として速度を上げながら渦を狭めていく。黒い靄は逃げ惑うものの、渦を巻く蛇の体に囲まれているためどこにも逃げ場はない。じりじりと迫ってくる蛇にただただ怯え震えていた。蛇が大きな口を開けて黒い靄に頭からかぶりつく。その瞬間、右目の奥から脳を揺さぶられるような凄絶な断末魔が響き渡り、ふっと意識が飛びそうになる。しかし、断末魔は長くは続かず、蛇に呑まれるにつれてどんどん弱まっていきついには途切れた。 「上手くできたようですね」  押さえつけていた力が弱まり、身体の自由が戻ってくる。服についた砂を払いながら立ち上がり、ゆっくりと振り返った。そこに立っていたのは紛れもなく母だった。実家はここから新幹線でも数時間の距離。それなのにどうしてこんなところに。いや、そんなことよりも聞きたいことが沢山ある。母もそれを察しているのか、困ったような笑顔を浮かべていた。 「聞きたいことが沢山あるでしょうが、こんなところで立ち話もなんですから。ユイ、貴女の家に案内してもらえますか?」  母にそう言われてハッとここが公園だということを思い出した。忙しいなかでわざわざこんな遠方まで足を運んでくれたのだ。早く家にお連れしてお茶を用意しなければならない。助けてもらったことに対する感謝を述べながら、母を家へと案内した。
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