第参夜 溺れる者は闇にも縋る

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 構内にある食堂の端っこで昼ご飯の中華丼を美味しく頬張っていると、プレートを持ったクルミが私の名前を呼びながら近づいてきた。テーブルの上にどんとプレートを置くと、対面の椅子に腰を下ろす。クルミが持ってきたカツカレーの匂いが胃袋を強烈に刺激してくるが、気にしないように必死で目を逸らした。 「それでユイぽん、話ってなに?」 「ああ、姉さんのことをお母さんに聞いたんだけ――」 「ちょっと待って!」  私の言葉をぴしゃりと遮ったクルミは、割り箸立てから一膳引き抜いた。カレーには最初からスプーンがついているのにどうしたんだろうと眺めていると、意気揚々と割り箸をパキンと真っ二つに。そして、カレーがかかったカツをひと切れ摘まみ、ぐぐっと身を乗り出してきた。 「はい、あ~~~ん♪」 「いいの?」 「もち!」 「あ~~ん……」 「どう?」  サクッとした衣と噛む度に溢れる肉汁に、スパイスの効いた辛口のカレーが相まって、口の中で美味しさが弾ける。この食堂のカツは肉厚でボリュームがあるため男性人気がとても高い。そのため女性は一人で完食するとお腹がいっぱいになり過ぎるため、複数人でシェアして楽しむのが一般的。クルミが頼んだのはハーフなので通常の半分の量だが、やはりそれでも結構ボリューミーだ。 「美味しい! じゃあクルミには杏仁豆腐あげる」 「いやっふー! そんじゃウチはもうひと切れあーげる!」  恒例のシェアタイムを終えて、各々の食事に戻る。中華丼だけでなくカツカレーまで楽しめて、心と胃袋が満たされていく。親友と美味しい食事をすることでさらに相乗効果もある。 「遮っちゃってごめんね。そいでそいで?」 「うん、姉さんに会うために立花園っていう児童養護施設に午後の講義をすっぽかして行くんだけど、クルミも一緒にどうかなって思って」  立花園はここからバスで三十分あれば行けるくらいの距離。昨日の今日で話が通っているかどうかは分からないが、いつも母の行動はとても早いため多分大丈夫だと思う。もしダメなら日を改めればいいだけだし、行ってみるだけ行ってみたい。 「行くー! あれからユイぽんの猫耳お姉ちゃんが気になり過ぎてさー、もう全っ然寝られなかったんだよね!」  寝られなかったという割にはいつも通り元気いっぱいなクルミ。猫耳お姉ちゃんという言葉を聞いて、ふとクルミも猫耳は似合うだろうなと思った。バイトでイベントスタッフをやっているため、ステージによって様々な衣装で着飾る。子ども向けアニメのステージでは変身ヒロインと同じ格好をしたり。もしかしたら猫耳ももう経験済みかもしれないが、似合うのは間違いないだろう。 「にしてもユイぽんの猫耳お姉ちゃんは児童養護施設にいるんだね。近くにいるならこれから会い放題じゃん……って思ったけどさ、森に住んでるって言ってなかったっけ?」 「うん。住んでるのは県外の深い森の中みたい」 「こっちに遊びにきてるみたいな?」 「どうなんだろう。でも神様を連れてってくれたみたいだし、森に帰ってると思うんだけど」  姉は神様を森に連れていくと言っていたため、森に帰っているのは確かだと思う。しかしなぜ、姉に会うために立花園へ向かうのかは正直分からない。母が言うのだから間違いはないと思うが、その理由は実際に行ってみなければ皆目見当もつかない。 「そっかぁ。まあでも行ってみれば分かるっしょ!」 「だね。もし会えなかったらごめんね」 「そしたらまた明日行こ! あ、ちなみに猫耳お姉ちゃんの正体は何だったの?」 「土血神っていう神様なんだって。クルミは知ってる?」 「土地の守り神だよね?」 「うん」 「ママが言ってたんだけどさ、土血神ってめちゃ忙しいらしいよ?」  クルミの母親曰く。土血神は土地の平和を守るため、地に住まうものとの交流、争いの調停、命の守護をしているのだそうだ。交流を以て信仰を得、調停を以て安寧を得、守護を以て未来を得る。神様だからと不思議な力で守っているわけではなく、私たちが思っている以上に地道で現実的な手段で守っているという。だがしかし。今の時代、人間は昔ほど神様への信仰心はないため、その対象の殆どは人間以外の動植物だそうだ。しかも、私たち人間は住処を好き勝手に拓き新たな神様をそこに祀るため、小さな範囲に複数の神様がいたり、力の弱い神様が追いやられたりと想像以上に煩雑な状況だという。  それを聞いて、私が産まれたばかりの頃に姉が時間を見つけては顔を見にきてくれていたということが、どれだけ私を想ってくれての行動だったかが理解できる気がした。精霊路の神様の話を聞いて迷わずに連れて帰る決断をしてくれたし、いきなり耳を触っても快く許してくれた。ハクと同じくまだ幼いそうだが、とても大人で慈悲深い性格なのだろう。 「ユイぽんには蛇と猫耳の神様がいて凄いよね」  確かに。クルミの言う通り、私はとても恵まれている。ハクや姉だけではない。母だっている。それに。 「最高の親友にも恵まれたし」 「よせやいよせやい♪ 早く食べないと冷めちゃうぞ!」  照れて顔を赤くしたクルミを堪能して、言われた通りに箸を進めた。
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