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「部屋はちゃんと綺麗にしているようですね。ご飯はしっかりと食べていますか?」  母は家に入るなりきょろきょろと辺りを見回しながら言った。掃除は幼い頃から綺麗好きな母を見て育ったせいか苦にはならない。しかし、料理はあまり得意な方ではないため、もっぱらインスタントや総菜、弁当頼りだった。冷蔵庫とゴミ箱の中身を確認してそれを理解してしまったのか、大きな溜め息と共にがっくりと肩を落とした。娘が不健康な生活を送っていれば、母として心配もしたくはなるだろう。しかし、苦手なものは苦手なのだから仕方がない。でも最近のコンビニは野菜だって沢山売っている。私も一応、スムージーやサラダなどで野菜を摂るようにはしていた。まあ、きっとそれは母の望む形ではないだろうけど。  お説教されてしまうかと身構えていたけど、母は特に何も言わずリビングのソファにすとんと腰を下ろした。私がどこに座ろうか迷っていると、母はにこっと笑って隣をポンポンと叩く。少しだけ気恥ずかしさを覚えながらも、母の隣に腰を下ろした。  私は何を言えばいいのか迷ってしまい、考えを上手く言葉にすることができなかった。それは母も同じなのか、私たちの間に重い沈黙が流れる。何か言わないと。そう思えば思うほど、頭の中は支離滅裂になってしまう。何を聞けばいい。何を言えばいい。どこから聞けばいい。そんな疑問がぐるぐると頭を駆け回っている。 「ユイには闇とは無縁の世界で生きて欲しかった。でも、それが逆に貴女を苦しめてしまいましたね。本当に、ごめんなさい」  母は身体をこちらに向けて、深々と頭を下げた。状況をよく理解できない私は母に頭を上げさせて、どういうことなのかを説明してもらうことにした。 「貴女の目には蛇が宿っていて、私たちはそれを子蛇(しだ)の眼と呼んでいます」  母は私の目を見つめ、子蛇の眼についてを教えてくれた。  もともと、阿志賀(あしが)の家系には代々蛇が憑いているそうだ。その蛇は力の強い神様で、母の身体にもその蛇が憑いている。私の右目に宿る蛇は母に憑いている蛇の子どもだそうで、同じく強い力を秘めているという。しかし、生まれてまだ二十年と神様としては幼い。そのため、私に普通の子どもとして生きて欲しかった母がお守りを通して抑え込んでいたそうだ。 「ユイが意識的に大人という一個の成長と自立を自覚して、お守りの力を自ら遠ざけたために子蛇が目覚めたのでしょう。ユイの成長を嬉しく思う反面、私の願いが結果的に貴女を苦しめてしまいました……」 「母様、どうか気にしないでください。こうなったのなら、それが運命ということですから」  私は母に思っていたことを打ち明けた。突然変なモノが見えるようになってしまい、自分の頭がおかしくなってしまったのかと。誰にも打ち明けることができず、ひとりで悩んでいたことを。私の話を黙って聞いてくれた母は、優しく頭を撫でてくれる。昔も帰りの遅い母に寂しいと泣きつき、我儘を言って頭を撫でてもらっていた記憶が蘇り、じんわりと心に温かいものが広がっていくのを感じた。 「あの黒い靄は……一体何なのでしょうか」 「あれは闇です」 「闇?」 「そうです。強い思念の残滓、あるいは妖や呪い、堕ちた神の成れの果てなど。分かり易く言えば、幽霊や妖怪、祟りの総称です」  あの黒い靄もそうなのだろうか。 「ええ、ユイに取り憑いていたモノも闇です。とても破廉恥な」  母の最後の言葉に、女子高生の後ろ姿に興奮していたことを思い出し、私の顔が熱くなる。きっと取り憑かれて闇の感情が流れ込んできてたのだろうけれど、自分の感情と勘違いするほど重なっていたせいか、恥ずかしくて仕方がなかった。母が助けてくれたからよかったものの、助けてもらえなかったら大変なことになっていただろう。 「もし、触れたモノが暗涙に咽ぶ闇であれば最後を看取ってあげなさい。けれど、触れたモノが邪な闇ならば躊躇わずに喰らいなさい。さきほどと同じように、子蛇が貴女の助けとなるでしょう」
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