第壱夜 奇を見て知らざるは勇なきなり

1/16
前へ
/48ページ
次へ

第壱夜 奇を見て知らざるは勇なきなり

「いやぁ、ちゃんと顔出してくれてよかったぁ。心配で寝れなかったんだぞ?」  悪戯な笑みを浮かべたクルミから肩をつんつんとつつかれる。あははと困ったように笑って返すと、チャームポイントであるツインテールを揺らしながら、すんすんと鼻をすすって泣く真似をした。ときおり中学生に間違えられるほどの幼さを残す子供っぽく愛らしい顔つきのクルミの泣き真似は、振りだと分かっていてもなかなかに破壊力がある。  改めて心配をかけてしまったことを謝罪すると、今度は大きく笑って気にするなと背中をバシバシ叩かれた。しっかり心配してくれながらも、深くは突っ込み過ぎず、あっさりとしているところはあっさりとしている。私はクルミのこういう誰に対しても後腐れのない性格が好きだった。 「で、何かあったの? ウチでよかったら話聞くよ?」  どくん、と心臓がひと際大きく脈を打つ。聞かれるだろうとは思っていたものの、ずっと返答を迷っていた質問。何もなければ音信不通にはならないため、何でもないと答えればクルミを傷つけてしまう。言葉に詰まっても同じだ。自分には言いにくいことだろうと察して引いてはくれるだろうけど、傷つけてしまうことには変わりない。でも、本当のことを話すことは躊躇われる。こんな話をしたところで、信じてもらえないどころか引かれてしまうかもしれない。クルミがそんな人間ではないことは知っているけど、余計な心配をかけてしまうことになる。だからというかなんというか。結局は黙り込むしかできなかった。 「えっと、その……」 「ごめんごめん、言いにくかったよね。言えるようになったらで大丈夫だから」  気を悪くした様子を見せず、あっけらかんとしている。安堵した反面、やはり申し訳ない気持ちでいっぱいになった。クルミに言えないのはクルミのせいじゃない。誰が悪いとかそういう話ではないのだから。そういうのじゃないんだよって。どうにかしてクルミに伝えないと。 「あのさ、クルミ」 「うん。なに?」 「今日時間ある? 最近駅前にできたカフェに行きたいって言ってたでしょ? 心配かけちゃったからさ。奢らせてよ」 「うっそ、いいの!? ……いっぱい奢られちゃうぞ?」  気を遣ってくれているのか、いつもより大袈裟に喜んでくれる。目に星を浮かべてキラキラさせているクルミを見て、ふふっと自然に笑みが零れた。クルミは何を贈るにしても喜んでくれるため、渡す方もついつい嬉しくなってしまう。  駅前に新しくできたカフェはクリームを高く巻いたタワーフラッペが映えると人気らしく、開店当初は連日長蛇の列ができていたそうだ。今は少しだけ落ち着いて、お昼などピーク時でなければそこそこ座れるようになっている。私も気になってはいたものの、行くタイミングがあまりなかったためちょうどいいと思った。クルミの弾けるようなリアクションもあった方が断然楽しいだろうし。 「よし、ウチはツインタワーキャラメルチョコフラッペにしよっと」  クルミは講義そっちのけで、スマホにかじりつくようにカフェのメニューを見ている。気が早すぎるとは思ったものの、楽しそうなクルミを見ていると水を差すことは憚られた。キャラメルフラッペにすると決めたものの、画面をスクロールしていると他にも気になるものがあったのか、うむむと唸る。ドリンクメニューからサイドメニューに移動すると、フルーツたっぷりパンケーキに大興奮していた。この調子だと放っておくと何時間でも迷っていそうなので、その後についての話題を振る。 「カフェのあとはどうする?」 「スイーツで天国行ったらあとはやっぱカラオケっしょ?」 「いいね、何か思いっきり歌いたい気分」 「オール、オール♪」  残念ながら、オールはできない。夜遅くに見た目が幼いクルミが歩いていると、確実に警察官に捕まってしまうから。身分証を見せても信じてもらえず、だいたいは親か大学に連絡が行って迷惑をかけてしまうのだ。だから余計な面倒を起こさないためにもあまり遅くなるわけにはいかない。 「今日は喉が枯れるまで――」 「おーい、そこの二人! 講義中だぞ、静かにしろー」  拳を握ったクルミの意気込みを遮るように、教壇から注意が飛んでくる。皆の視線が一斉に私たちへ向けられ、恥ずかしくなって縮こまった。しかし、クルミはそれを意に介した様子もなく手を上げて大きな声で返した。 「はーい! すみませんでしたー!」  クルミの打てば響く謝罪にうんうんと頷いた講師は講義に戻っていく。クルミのその度胸というか豪胆さというか。物怖じしないところ、改めて凄いなあと実感させられた。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加