第壱夜 奇を見て知らざるは勇なきなり

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 カフェに着くと、窓からは店内が賑わっている様子がありありと窺えた。座れないかもと不安になっていたが、ちょうど隅っこの二人席が空いたためそこに案内してもらえた。ピーク時以外なら結構空いていると聞いていたのだが、皆考えることは同じなのだろう。まだまだピーク時以外も賑わいは衰えていない。今日はたまたま座ることができたので運がよかったけど、座れなかった場合の代替案もセットにしておくのが吉だろう。  店員から渡されたメニューを受け取り、パラパラとめくっていく。今回はクルミへのごめんねカフェタイムなので、クルミの希望を最優先にする予定だ。講義中からずっとキャラメルフラッペとストロベリーフラッペで散々悩んでいたようなので、私がどちらかを頼めば二人でシェアすることができる。まだ悩んでいるクルミにそれを提案して、すぐさまツインタワーのキャラメルチョコフラッペとシングルタワーのストロベリーフラッペ、そして山盛りフルーツのパンケーキを注文をした。 「めっちゃ人多いね~。ウチらナイスタイミングで滑り込み!」 「だね。まさかここまで多いなんて思ってなかったからびっくりしちゃった」 「可愛くて甘い物はいつだって女子を引き寄せちゃうからね。こう、樹液に集まるクワガタみたいな?」 「なにそのたとえ――ん?」  クルミと他愛ない会話をしている最中、ふと視界の隅を黒い影が動いた。そちらへ目を遣ると、黒い影が窓際に座っている女性の背後に立っており、ぬうっと首を伸ばして覗き込んでいる。伸びた首の先にはぼんやりと青白い顔のようなものが浮かんでいた。黒い靄のように人のようなモノにも思えるが、ろくろ首のように首を伸ばして女性の顔を逆さまに覗き込んでいる様は、どうみても人だとは思えない。 「ユイぽん? どうかした?」 「――え? あ、ううん。なんでもない」  首を傾げているクルミに笑って返事をしながらも、またちらりと黒い影へ視線を移した。黒い影は少しだけ移動しており、顔を覗き込んでいた女性の前のテーブルに座っている女性の背後に立っている。そして、同じように首を伸ばして女性の顔を逆さまに覗き込んでいた。あの闇は一体、何をしているのだろうか。 「…………」 「あ! ごめんね、ぼうっとしちゃって……」  無言で私をじっと見つめるクルミに気がついて、慌てて顔の前でパチンと手を合わせて謝る。いけない私ったら。今日はクルミの希望を最優先にするって言ってたのに。会話の最中に頻繁に余所見していたら、まるでクルミとの会話が楽しくないみたいだ。これじゃあクルミが気を悪くしても仕方ない。 「お待たせいたしました! ツインキャラメルチョコフラッペとシングルストロベリーフラッペ、山盛りフルーツのパンケーキでーす!」  元気のよい店員が私たちのテーブルに注文品を並べていく。予想以上に高い豪華なクリームタワーだったせいか、無言だったクルミの顔がすぐさまぱあっと輝いた。その様子にほっと胸を撫で下ろして、いいタイミングで運んできてくれた店員に心の中で感謝する。  早速パフェスプーンを手に取って、クリームタワーの先端を掬う。口に入れると、ふわふわとした食感と濃厚な甘みが広がる。ストロベリーフラッペにクリームをつけて食べると、フルーティな甘酸っぱさが加わってまた違った美味しさが味わえた。 「はむ。はむ。おいし~い♪」  クルミはスプーンを使わず、チョコソースがかかったクリームタワーの先端に豪快にかぶりついていた。口の端についたクリームをぺろりと舐めとりながら、うっとりとろけた表情を浮かべている。ハッと我に返ってはタワーにかぶりつき、また恍惚の表情を浮かべる。それを繰り返しものの数十秒で、ツインのクリームタワーの七割がクルミの胃袋に収められた。私も半分ほどタワーを食べたところで、恒例のシェアタイムが始まる。 「やっぱりストロベリーもさっぱりしてて、ウチが思ってた通りさいこ~♪」 「キャラメルは予想以上に濃厚だね。クリームと相性抜群!」  合間合間でワイワイとパンケーキも頬張りながらフラッペを楽しんでいると、あっという間にカップが空になってしまい、惜しまれながらスイーツシェアタイムは終了してしまった。
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