和成視点2

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和成視点2

「橘くんは、ウチのカレー専門店のことは知ってるかい?」 「え?……あっはい。……駅前にありますよね」 「うん。俺の店も駅近だからね。主に学生と会社員が多いかな。昼はかなり忙しいと思うよ。覚悟しといて」 「……あっ、あの、僕、バイトしたことなくて……」 「そうなのか?……そっか。でも、大丈夫。メニュー少ないし、すぐに覚えることができるよ。メニュー表見ようか。まだオープン前だから座って見ていいよ」  大量のカレーのソースが入っている大きめの鍋の中をレードルで混ぜながら、優しく店長が言ってくれた。 「……はい」  カウンター席に座ってメニューを見る。ビーフカレーが主でトッピングが、シーフード、トンカツ、エビフライ、チーズと生卵。セットメニューでサラダがつくのか。なんだ、簡単じゃん。ちらっと店長に目を向けた。 「ん?簡単だろ?最初はホールと皿洗いを頼むからね。皿洗いっていっても、すすいだ後、食洗器に放り込むだけでいいから。簡単だろ?カレーのソースも自社の食品工場が作ったのを温めるだけだから楽だよ。少し前は店舗ごとで作ってたんだけど、上の偉い人が味を統一したいって言いだしたみたいでさ。今はまだ10店舗しかないけど、これからもっと店舗を増やしていこうと思ってくれてるみたいなんだ。なんか……嬉しいよね」  凄く嬉しそうに話してる。カレー専門店に愛情を注いでることが……その笑顔で分かる。なんでだろう、なんだか僕も嬉しくなっちゃう。 「なんでカレー専門店をやろうと思ったんですか?」 「え?」  店長が僕を見た。やばい!余計なこと訊いちゃった? 「……ああ、きっかけは、そうだなぁ。高校生の時にたまたま此処のカレー食べて……。滅茶苦茶美味くて。なんかはまっちゃって週三くらいで食べに行ってたんだよ。余りにも通い詰めてたもんだから店長に顔覚えられちゃって、そのうちにバイトしないかって声掛けられてさ。それからずっとバイト三昧で、高校卒業したら正社員で雇ってくれてさ」 「へえ~」 「バイトしてる時から、自然に俺もカレー専門店を開業したいと思ったんだよなぁ」 「……そうなんですか」 「ああ、夢ってほどじゃないけど、店持って良かったと思ってる。仕事楽しいし、なにより、お客さんが旨そうにカレーを頬張ってる姿を見るのが嬉しいかな」  穏やかな笑顔で僕に話してくれた。怖いと思ってたけど、優しい顔も出来るんだ。  なんか、ドキドキしちゃう。あれ?不整脈? 「橘くんは?どう見てもウチで働きたい感じに見えないけど、……お偉いさんのコネかなんか?コネっておかしいか。カレー屋で」 「……えっ?」  お偉いさん? はい。社長の息子なのでお偉いさんのコネです…… 「……はい、すみません。……カレー屋さんにコネ入社って……おかしいですか」 「え?落ち込まなくていいよ。ごめん、ごめん。ただ、コネなら本社に入社すると思ったからさ……。あっ、でもどんな理由で入って来ても関係ないから。真面目にコツコツと働いてくれたら、それでいいからさ」  「……えっ……あっ」  笑顔が眩しい。あれ?全く怖いイメージが払拭されちゃった。よく見れば、イケメンさんかも? 「でも、もう少し大きい声を出してもらおうかな。あっ、もうすぐ11時になる。オープンしようか橘くん」 「あっ、はい!」  どうしよう、初めての接客、緊張しちゃう。 「おっ、今日一デカい声!はは、いいねぇ、気合入って」  店長が、ドアに掛けてあるサインプレートをオープンにした。 * 「えっとぉ、ビーフカレーセットでトッピングが生卵」 「は……はい。生卵」  伝票に書くのも大変だ~。スマホや端末からのセルフオーダーシステムじゃないのかよぉ。  11時のオープン、もう既にお客さんが並んでいた。そしてあっという間に15席の席が埋まってしまった。一気に皆注文を頼むから追いつかない。ただでさえ初日で慣れてないのに、少ないメニューであっても無理だ!わけがわからないよ~。 「おい!こっちの方が注文先だろ!あと、水!まだ?」 「は……はい、水。ちゅ、注文は……」 「カレーにトンカツ……と、らっきょうとビール。大盛りで。あと№3」 「……カレー、トンカツ、らっきょうに……ビ、ビール?ナナ№3?」  №3とは……一体なんだ? 「№3だよ。え?店員なのにわかんねーの?」 「い、いえ……」 「№3ですね。承知いたしました。少々お待ちください」  グラスに入った水をお客さんの前に置きながら、横から店長が助けてくれた。 「あっ……す、すいません」 「謝らなくていいからね。俺がオーダー取るよ。橘くんはカレーの提供と食器を下げるのだけ、よろしく」 「か……お会計は」 「うん、それも俺がやる。落ち着いて、今自分が出来ることだけをやればいいからね」  にこっと微笑んでくれた。なに?凄くカッコよく見えるんだけど。  というか、カッコイイ!  まるでスパダリのように店長が一人でオーダー、調理、会計とこなしていく。僕は言われるがままカレーを提供してお皿を下げるだけ。あれ?僕、役に立ってるのかな?店長一人のほうが円滑に動けるんじゃないかな。  一人でオロオロしてる内に14時になってた。怒涛の時間が過ぎ、やっと一息つけた。お客さんも数人しかいない。 「お疲れ様、橘くん。疲れたよね」  食洗器の中にお皿を並べていた僕に、店長が話しかけた。 「……ああ、はい、いえ!店長の方が大変だったでしょ……すいません」 「いや、初日から大変だったよね、いつも昼や夜の忙しい時間はパートの人達が入ってくれてたんだけど……」 「今日、休みなんですか?」 「……昨日、辞めちゃって」 「え?」 「スタッフ、全員昨日で辞めちゃったんだよね。……なんか、いい職場が見つかったとかなんとかで。ははは」 「はあ?」  昨日で全員辞めた?嘘だろ?なに考えてるんだよ!非常識過ぎる! 「何人パートで働いてたか知らないけど、ひどすぎる。いい職場が見つかったとか!」 「橘くん……?」 「店長も、なんで引き留めなかったんだよ。笑ってる場合じゃないよ」  きょとんとした顔で店長が僕を見てる。僕が大きい声を出したから、カウンター席に座ってる数人の客も僕に目を向けていた。  僕……また余計なこと言っちゃったのかな。関係ないのに勝手にキレて。こんなポンコツに言われても嬉しくないよな。寧ろ迷惑だろう。 「すいません、僕……つい言い過ぎてしまって……、それもため口で」  店長から目を逸らして俯いてしまった。どうしよう、顔を見るのが怖い。いつもそうだ。委縮してしまう。 「ありがとう、橘くん。俺のこと心配してくれて」 「え?」  咄嗟に店長の顔を見た。今、御礼を言われた? 「でもね、パートの人達もなにか理由があるから辞めたんだよ。まあ、此処より時給が良くてそっちに行ったかもしれないけどね。皆生活のために働いてるんだし仕方ないよ。それに」 「それに?」 「橘くんが来てくれたしね。期待してるから宜しく頼むよ」 「……僕なんかが役に立てるのかな」 「当たり前じゃないか。今日も俺一人じゃ無理だったよ。橘くんが居てくれて助かったよ、ありがとう。大丈夫。すぐに慣れるから。何でも聞いてくれていいし、ゆっくり覚えていったらいいからね」 「……店長」  この人、すっごい良い人だ。どうしよう。この職場、悪くない。
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