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和成視点②
月曜日。マンションからカレー専門店まで歩いてきた。今までは僕専用の車で運転手に送迎して貰ってたけど、今日からは徒歩で店まで通うんだ。歩いて何処かに向かうなんて初めての体験だ。これから少しずつ、色んなことを経験していくのかな。
「どうした?ニコニコ笑って。なにか良いことでもあったのかい?橘くん」
大量のお米を研ぎがら店長が僕に問いかけた。
「あっ、僕、笑ってました?実は、一昨日お店の近くに引っ越して来たんです」
「そうなんだ!じゃあ引っ越し祝いを渡さないといけないな」
「そんな!気を使わないでください」
「俺も近くのマンションに住んでるんだよ。やっぱり職場から近い方がいいもんな」
店長も近くに住んでるんだ。知らなかった。
「僕のマンション、お店から歩いて5分で着くんです」
「マジで?奇遇。俺のマンションもここから5分で着くぞ。同じマンションだったりして」
店長が業務用ガス炊飯器にお米を入れて火をつけた。そして、僕に目を向けた。
「そんな偶然ないですよぉ」
僕はカウンターを水拭きしながら、店長と目線を合わせて笑いかけた。
「マンション名は?」
「え?」
マンション名?そういえば聞いてない。後で藤原さんに聞かなきゃ。
「……すみません、分かりません」
「え?ははは、謝ること無いよ。橘くんは真面目だなぁ」
僕に近寄って頭をポンポンと優しく撫でてくれた。バンダナ越しだけど、ドキッとした。
「さあ、準備頑張ろうか。今日も忙しくなるぞ」
「……あっ、はい」
僕は撫でられた自分の頭に、そっと手を添えた。
どうしよう……好き。
お兄様の親友、岩崎貴桜きおうさんは、僕ん家の執事長、藤原新也さんと恋人同士だ。僕の家に遊びに来た時に、岩崎さんが一目惚れしたみたい。それから毎日のように岩崎さんが藤原さんにアプローチしまくった。そして、とうとう藤原さんが陥落されたのだ。
岩崎さんの実家は業界トップクラスの家電メーカーだ。それに岩崎さんは長男。弟が2人居るのは知ってるけど、よくご両親が藤原さんとの交際を認めたなと思う。二人で説得したという話は聞いてるけど、本当に凄いよな。
僕も中学生の時に好きな先輩が居た。とてもじゃないけど告白する勇気なんか無くて遠くから見ているだけ。高校生の時もそうだった。でも今は、好きだった人の顔がうろ覚えだ。思い出せない。本当に好きだったのかな?憧れてただけなのかな?ただ忘れちゃっただけなのかな……。大学生の時もカッコイイと思う人は居たけど、ドキドキ感は無かった。
でも店長を見てるとドキドキする。少しだけ恥ずかしいけど、恋してるってはっきりと分かる。
今度、岩崎さんに店長のことを相談してみようかな……。
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