和成視点1

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和成視点1

「ぃ…ぃら…いらっ……しゃ…しゃぃま……せ」  カウンター席が15席しかないチェーンのカレー専門店で、接客用語を復唱させられていた。 「違う、違う。いいかい?お腹の底から声をだして。どもるな、恥ずかしがるな! いらっしゃいませ!こう言うんだ!さあ、もう一回。いらっしゃいませ!声出して」  チェーンのカレー専門店で働くことになった初日。……聞いてない。こんな体育会系なノリ、全く聞いてない。大体、どうして僕がチェーンのカレー専門店で働かないといけないんだよ。まだ大学を卒業してないのに、いきなり働けだなんて横暴すぎる。 「こら!人の話を聞いているのか?橘くん?」 「……あ……ごめんなさぃ。……すぃません」  この店長、怖いんだよ~。背が高くて三白眼で目つき悪いし、ロングヘアの黒髪を一つに束ねてバンダナ巻いてるのもなんか怖いし……てか、このカレー専門店って他の店舗では黒のキャップを被ってると思うんだけど、なんでこの店はバンダナなんだよ。僕もバンダナを巻いてる。前髪を出して巻いてたら、早速怒られた。なので前髪を上げてバンダナを巻きなおした。額丸出しだ。物心ついてから額を出したのは初めてだ。前髪変なクセがついて髪型滅茶苦茶になってるんじゃないのかな?明日から帽子をかぶって出勤しなきゃ。 「……はあ。本社の方から君を頼まれたんだけど……。橘くん、大学卒業するまでの間はアルバイトだけど、卒業後は正社員でウチのカレー店で働くことになってるんだよ?分かってるのかい?」 「……はぃ」 「ほら、俯かない!エプロン握りしめない!手は後ろで組んで!足は肩幅くらいに広げて、はい、いらっしゃいませ!」 「……ぃぃら……らら……しゃぃませぇ」 「橘くん?」  うえ~、バイトをしたことないし、大きい声も出したこと無いのに、  無理だよ~……  突然だが、話は昨日に戻る──── ――――――― 「和成。明日からチェーンのカレー専門店で新人研修を受けなさい。大学を卒業したら正社員で勤務させるので、心しておくように」  広々とした社長室。執務用デスクの前に鎮座している社長にいきなり呼び出されて、そう告げられた。 「え?は?なんで?意味分かんないよぉ、パパ」 「会社ではパパはやめろ!社長と呼びなさい」 「じゃあ、社長。どうして僕が、チェーン店勤務なの?それも明日?いきなりすぎない?」 「うるさい!世間を舐め切っていて、常識外れなおまえのためだ!」 「はあ?僕が常識外れ?いくら親子でも言い過ぎじゃないの?」  僕の家は大金持ち。大手外食企業を展開している。他にも大手食品メーカーや自社農業、自社ビルを何棟も所有している。総資産額もえげつない。僕は所謂、御曹司様なのだ。(と言っても後継者はお兄様だけど)なのに!なんでこの僕が末端のチェーン店なんかに行かなきゃいけないんだよ!ふざけんな! 「パパ、僕が大学卒業したら、本社で重役にしてあげるって言ってたじゃんかあ」 「だから、パパはやめろと言っている!何時そんなことを私が言った?いくら社長の息子だからって、そんな直ぐに重役なんて就けるわけないだろう!おまえのそういう所が常識外れだって言ってるんだ!それに!」 「……な、なんだよ」 「先日、おまえはカミングアウトしたな?勿論忘れてないぞ。あの発言で私は三日間寝込んだんだからな」 「そ、それはパパが僕にお見合いを進めたからじゃん」  先日、僕はパパに自分がゲイだとカミングアウトした。女の人が苦手で結婚できないと。会社を継ぐのはお兄様だし、お兄様は結婚していて男の子が二人居る。跡取りもいるし僕が子供を作る必要もない。だから、少しドキドキしたけど、パパにカミングアウトしたんだ。寝込んだなんて知らなかったけど。大学を卒業したら重役になってのらりくらりと人生を謳歌してやろうと思っていたのに~!なんでカレー屋?  「ゲイだからって、なんで僕の職場がカレー専門店なの?」 「おまえみたいな世間知らずのボンボンは、一から性根を鍛えられないといけないからだ」 「だから!」 「おまえがお世話になるカレー専門店の店長は23歳でフランチャイズのオーナーになったんだ」 「へ?へえ~」  23歳で自分の店を持った?お金貯めたのかな?……若いのに凄いな。 「出店するにあたって、徹底的に市場調査を行ったらしい。近くに競合店がないかリサーチし、カレーを好んで食べる層、当方のカレー専門店はカウンター席が主だ。女性は敬遠しがち。男性の学生や社会人にターゲットを縛って、大学が近くにあり、尚且オフィスビルが多いエリアのビルを何軒も探し回り、既存店の売り上げを元に売上予測値を算出して、あらゆる調査をしてから今の店舗に決めたんだ」 「ふ、ふ~ん」 「市場調査なんて出店を考えてる者は当たり前のことだが、大半はコンサルティング会社に依頼するだろう。しかし、カレー専門店の店長、篝恭介くんは一年かけて自分の足で歩き回り店をオープンさせたんだ」  なに熱く語ってるんだろう?結局カレー専門店を出店したってことだよね? 「なんか、話はわかったけど……。それで?」 「それで?だと?篝の店は全国のカレー専門店でもベスト5に入るほどの反響ぶりなんだぞ!分析や戦略が当たったのか、チェーンのカレー専門店で、他の店舗と味も寸分違わぬのに、ベスト5の売り上げなんだぞ!!」  僕のパパって、こんなに熱かったっけ?全国って、ウチのカレー専門店って全国にあったっけ? 「……でもさー、パパ」 「パパはやめなさい」 「そのカレー専門店って、ウチの外食チェーン店のなかでもぶっちぎりの最下位だよね」 「ん?」 「僕の知る限りでは、全国展開っていっても、関西と中部、九州には展開してないよね?あと東北や……」 「……ああ、そうだったな」 「関東に10店舗しかないと思うんだけど?」 「……これからの店なんだ! 兎に角、その店に行って接客や、あらゆるノウハウを伝授して貰って来なさい。そうすれば、ゆくゆくはおまえを会社の役員にしてあげよう」 「マジで?僕、頑張るよパパ!」  …………って、言われたけど、本当に役員にしてもらえるのかな。不安しかないんだけど。
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